あー、いかんいかんいかん
自分でもつくづくもう情けないとは思うけど、昨日の午後のダメージから、身体も心もまったく回復していない。庭仕事に集中できる、今日はおそらく最後の日だというのに、とにかくもう、心が折れてしまって、何から何まで何ひとつやる気がしない。
私は今、家の片づけや庭の手入れや自費出版にうつつを抜かしていて、誰が見ても正気の沙汰とは思えないだろうけれど、それはすべて、その先の、自分の国文学研究の仕上げと整理に打ち込むための準備作業なんである。
もう自分が研究者として一人前の状態に復帰できるなんて思っていない。世の中そんなに甘くはない。それでも、まとめておきたい、片づけておきたい研究や仕事は大小いくつも残っている。私にしかできない、私にしか仕上げられない、そんな研究の数々が。
身体も頭も心も日に日に衰え続ける中、その全部はもちろん、半分もやれるなんて思ってもいない。それでも自分の最後の日々は、できるところまでその仕事に打ち込みたい。
今井源衛先生はかつて、「自分は貧乏だったから、思うような研究はできなかった」と述懐された。私はその点では恵まれていたかもしれない。そして、どんな研究者も何かしら自分の仕事に没頭することを許されない障害や事情はあるものだ。だから泣き言も愚痴も言ってもしかたがないけれど、私の場合、振り返れば研究を大きく阻害したのは、政治的・社会的活動と、親や親族の介護だった。それにとられた時間と労力ははかりしれないものがある。
そのことを後悔はしていない。親や親族はそもそも私を最大限に支えてくれた存在で、彼らがいなければ研究者としての人生もあり得なかったのだから、文句を言う筋合いは何もない。政治的・社会的活動にしても私が自分で選んだことだし、もしかしたら人生最大の功績は名もない一人として、そういう活動に自分をいくらかでも捧げたことかもしれないと本気で思っているぐらいだ。
ただ、もう八十だ。身体も衰え、残された時間もない。なのに、こんな私でも、まださまざまな活動への参加や協力を期待される。しぼり出すようにわずかな時間や労力を捧げると、それを手がかりに、更に大きな献身を次から次へと要求される。お願いだからもうそろそろ私のことは忘れてほしい。心からそう願うばかりだ。
多分、でも、こういうことを口でいくら言ってもわかってはもらえないだろう。だから自衛するしかない。
今後、いっさいの政治的・社会的活動にちらとでも顔を出すのはやめようと思う。わずかな時間でも、それを手がかりに何かを期待されるのは、おたがいにとって不幸でしかない。
このブログも閉鎖しようかと思っている。ここでそれなりに幸せな楽しい日々のことをつづっていると(それは決して嘘ではないが)、余裕があって優雅な暮しをしているかと勘違いされ、近づいて来る人たちがあとを絶たない。
私のことをよく知っている友人知人は、苦しいときも楽しいときも、決して私に近づかないでいてくれた。遠くから見守って、じゃまをしないで、私が何かを頼んだら、いつでも応じる体制だけを、それぞれにとっていてくれた。
そのような人たちに守られ支えられて私は今も生きている。そのような人たちとのつきあいを持てているだけでも、私は自分の人生がまちがっていなかったと実感している。
いざという時は、その人たちにさえ私はSOSを出さずに孤独死か野垂れ死にをするかもしれない。それでも満ち足りていて、それでも幸せだ。
そういうつきあい以外は、もういっさい持ちたくない。最近、日々にそんな思いが強くなる。
私には充実し、満ち足りた、私だけの世界がある。それを維持していくために、それを自分で管理できる規模にして行こう、縮小して行こうと日夜努力を重ねている。それがわかっていただけない人は、お願い、私に近づかないで。どうか私以外の世界に関心や興味を向けて、それぞれの世界に没頭して、私のことは放っておいて。
これでどれだけ伝わるのかなあ? 何だか絶望的になる。
これも勝手に咲き出した花。芝桜かしら、ちがうかしら。