何が息抜きかもうわからない
昨日は街の美容院に行って髪をカットし、美容師さんが勧めてくれた頭皮マッサージを受けて帰って来た。せっかく街に行ったのだから、食事か買い物かしたいけどパワーがなくてねと言うと美容師さんは、インフルエンザが大流行して、どこもがらがらですから、絶対に人中に出ちゃいけませんととめた。まあ頭皮マッサージでぜいたくをしたことにして、おとなしく引き上げた。
来週はまた寒くなるらしい。叔母のコートや母のセーターを着て出かけるチャンスと思ってネットで調べたら、驚いたことに福岡近辺の博物館でも美術館でも、これと言った大きな美術展や催し物がひとつもなかった。去年は芦雪やシルクロードやローマやその他大がかりな展覧会がいくつもあったように思うのに、新年はいつもこんなもんだったっけか。博物館や美術館は予算不足なのかしら。
叔母や母の遺した服を着て歩くのに、そうこだわらなくてもいいのにと言われそうだが、この年になると体力気力脚力ひょっとして知力も来年はどんだけ衰えてるか予想も予測もつかないから、やっぱ、ちょっぴりあせるのよ。今年の桜も名月も、これが最後かもしれないと毎年思ってじっくり見てる。「命なりけり小夜の中山」なんて和歌の文句が実感を帯びてくるから恐い。とか何とか言いつつ百歳近くまで生きてしまうかもしれないから、それもそれで恐い。
トランプ大統領が議会で承認されなくてもいい大統領命令とかに、せっせとサインしてものすごい量を(数年間分を数日で)発令していると聞くと、日本がこの数年、閣議決定で重要事項を片っぱしから決定しまくっているのと似すぎていて、うんざりする。第一回目の当選でうまく行かなかった点を今度は失敗しないように抜け目なくやろうとしてるとこなんかも、アベ内閣をほうふつとさせる。規模が大きいだけに、アホらしさも目立つ。
とにかく今日も忙しい。そろそろ家中にあふれた古紙を一挙にまとめて捨てる作業にかかってみるか。ちびりちびりと片づけてはいるのだが、まだまだペースが遅すぎる。