映画「ミラーズ・クロッシング」感想「ミラーズ・クロッシング」感想(1)

「ミラーズ・クロッシング」の感想です。例によって、(2)に続きます。その内、映画感想のコーナーに移すかもしれませんが、とりあえず、こちらで。

私の持ってるDVDの特典映像では、主演のガブリエル・バーンが「これはただのギャング映画じゃない。そう簡単にジャンル分けされるような作品じゃない」みたいなことを言っているのですが、彼はいったい、この映画が、レオとトムの恋愛映画だってことを知らないままで演技していたのかしら。

の昔、「ベン・ハー」で、ベン・ハーのチャールトン・ヘストンは、敵役のメッサラとの間に友情以上の愛情があるという設定を知らないままで、メッサラ役のスティヴン・ボイドは知らされていたというのは、よく聞く話だけど。

ガブリエル・バーンは好きな俳優ではあるけれど、ものすごく演技がうまいというよりは、オードリー・ヘップバーンとか山口百恵のように、本人の個性で見せてしまうところがある。あの映画での、彼の演技は徹頭徹尾レオを恋する男から一ミリもはずれてないけれど、それがどこまで計算された演技なのか、たまたま雰囲気がはまっているだけなのか、そういう俳優だからわかりにくい。
とは言え、まったく知らないでいたにしては、いくら何でもはずれなさすぎるから、知ってはいても、まさかこれをそういう映画と言うのも慎重にならざるを得なくて、特典映像では何だか高尚な意味不明のことをしゃべっていたのかもしれない。

だって、この映画を、そういう視点で見なかったら、本当にもう、わけがわからない話になるだろう。トムがレオをひたすらに愛しているという純愛映画と思って見ると、どこからどこまで破綻も矛盾もない。(以下、ネタばれです。)

町を支配するアイルランド系ギャングのレオは、ヴァーナという娼婦に夢中になっていて、彼女の弟のバーニーが八百長試合の情報を流したと言って、新勢力のイタリア系ギャングのボス、キャスパーから(殺すために)引き渡せと言われても応じない。

ヴァーナは強い賢い女性だが、弟のことは全力で守る。弟の方はまあいろいろとしょうもないクズ野郎でゲイでもある。それなりにしたたかで味のある役でもある。とにかく全方向にいやなやつだが、愚かではない。非常に興味ある人物かもしれない。
姉のことを全然ありがたく思ってもいない。彼が皆にさげすまれるのは、ゲイだからかクズだからか両方だからかよくわからないが、ヴァーナは「ちょっと人とちがってるからと言って」誰もが彼に冷たいのに義憤を感じている。

レオの腹心のトム(ガブリエル・バーン)は、もちろんバーニーが嫌いである。
トムというのは何しろカッコよさが命のような男で、バカやみっともないものには我慢ができない。だからバーニーも嫌いだしキャスパーも嫌いだ。もう、ものすごく嫌いだと思う。

キャスパーがつまらなさすぎて、レオのライバルになる風格がないと評している人もいるが、あの誰か知らないが名演技の、下品でアホで乱暴でがさつな、もちろん見てくれも悪い、ハゲでデブでチビのこの男にトムがどれだけ嫌悪感を抱いているかを観客に教えるには、キャスパーは徹頭徹尾、醜く低級でなくてはならないのだ。多分あの俳優さんは、実際にはもっとカッコいい。役柄だって、公平に見ればいろいろ魅力あるし、いいところもある。ただ、何もかもががさつで下品でカッコ悪い。トムがどんなにこいつを嫌いか想像したらあまりある、そういう存在として作られている。

そのキャスパーにトムはレオから寝返って忠誠を誓ったように見せかけて、誰にも知られないままに一人だけ逆スパイの危ない橋を渡るのだが、それはもう、すべて愛するレオのためなのである。キャスパーの肩に手をのせて「おれはあんたに賭けたんだ」という場面なんて、トムの賢さやカッコよさにベタぼれのキャスパーにとっては、もう籠絡と言おうか色仕掛けと言おうか、あざとくて目まいがしそうだが、これはもう「愛する男のために大嫌いなやつに身をまかせる」女のすることと同じと言う他ない。

そもそも、ヴァーナと寝たのだって、ヴァーナは勘違いしているが、彼女を好きだからなんかじゃ、かけらもない。
「レオの地位を安定させ勢力を守るためには、新興勢力のキャスパーと対立するのは危険だし、バーニーを守ることにも大義や筋はないから皆に支持もされにくい。だからとっとと引き渡せ」と言うのは、当初からはっきり口にもしているように賢い、そしてレオのことを何よりも思いやるトムの判断である。
レオがそうできないのは、愛するヴァーナが弟を必死で守っているからで、バーニーを引き渡せばヴァーナの愛も失うから、レオはそうできない。老いらくの恋というと情けないようだが、そういう少年のようないちずさが、レオの魅力であり、そのくらいのことをしても自分の王座はゆらがない、守って見せるという自信でもある。

彼はもともと引退後はキャスパーに地位を譲ると思ってたぐらいで、キャスパーに対する偏見や敵意もない。ふところが大きいし冷静な親分だ。トムだって、キャスパーを必要以上に憎んでいるのでもない。むしろ彼に言い分があることを認めている。

弟のことを最優先するヴァーナもだが、この映画の快いのは、このように各自の価値観、判断がしっかりしていて、明確で決してぶれないし、わかりやすいことである。それを前提にドラマは動いて行く。
レオがヴァーナ愛しさにとるべき処置(バーニーを引き渡す)を取らないから、トムは自分がヴァーナと寝る。その心境は「この女は、ボスがそれだけする価値のある女か? 確かめておかないと」でもあり、「いざとなったら、俺とも寝るような女だということをボスに教えて熱をさます材料にできる」でもあり、キャスパーに対するのと同じく、ここでもトムはレオのために、いわば身体を売ってヴァーナの正体をあばき、ボスと手を切らせる材料を作ろうとしたのである。けなげすぎて泣ける。

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カツジ猫