映画と戦争大いなる陰謀
三つの戦線が描かれる。第一はアフガニスタンの高地で新しい戦略に取り組む米軍の兵士達。第二はその戦略を敏腕ジャーナリストに報道させて自らと政府への国民の支持を取り付けようとする野心家の議員。第三は国に絶望し恵まれた環境を享受して無為に生きる事を選んだ優秀な学生に再び目的有る人生を歩ませようとする初老の教授。どの戦線も苛酷だが、最も熾烈な戦闘は一見最も切実に見えない第三の戦線かも知れない。
気鋭の議員を演ずるトム・クルーズ(彼の地である胡散臭げな前向きの明るさが生きて居る)、ジャーナリストのメリル・ストリープ、教授のロバート・レッドフォード等の俳優としての良心と実力が結実して複雑なアメリカ社会と戦争の救いの無い構造を分かりやすく描き出す。テレビドラマの様に安直な小品に見えて重厚な力作だ。
かつて共和党のホープだった若い議員も何時しか大統領の椅子への渇望に前線の兵士を利用する。日本なら団塊の世代で理想を追い続けたジャーナリスト達も自社が他企業に買収されて営利先行の方針の中で「58歳で24時間介護を要する母が居る」現実に喘ぎ、議員の戦略のまやかしを感じつつも報道戦争に利用される事を拒めない。そして、その戦争の前線に駆り出され生死を左右される若者達はかつて教授の優秀な学生であり、理想に燃えて聡明に現実を見抜き国と社会を改善しようと望めばこそ、借金を背負わず大学院に進み社会を変革する力を手に入れようと思えば志願して兵士になるしか道はない。(二人は黒人とヒスパニック系。)その図式の大半を見抜いた賢明な若者は戦う前から絶望し裕福で白人である現状に甘んじて怠惰に生きようとする。
阿川弘之「雲の墓標」で特攻の運命に苦しむ教え子の手紙を受け取る大学教授の心境を思い遣ると暗澹とするが、此処にはそれと同等の教授の苦悩が有る。それにしても「プラトーン」の主役クリスもそうだったが、社会の為に何かをなしたいと願う若者が良心的な行動として苛酷な戦線を拒否できないと言うのは何と言う皮肉か。日本やドイツの反戦運動や徴兵拒否は拷問や死への恐怖が待っていた。その様な処罰がない場合は「本当の戦争の話をしよう」でティム・オブライエンが有り体に告白したように「世間の目」が有り、更に「内なる良心」が苦難を避ける事を許さない。更にまた貧困層には兵役がより良い境遇への扉を開く唯一の機会ともなる。
実利、良識、世間体。何と多くの物と対決して我々は見も知らぬ他人を殺し自分も殺される事を拒否し回避しなくてはならぬのか。何一つ解決もなく展望もない映画の結末は、ただ、対決するべき問題と状況だけを明瞭に我々に示して居る。
邦題は「大いなる陰謀」だが、実際は「けちくさい陰謀」とも言いたい程安直だ。(原題は「羊たちに指揮されるライオン」。指導者層の質の低さと戦闘員の精神の崇高さとを示している。)映画も一見さらさらと軽く見える。だが決してそうではない。志が高いだけでなく、無駄なく巧みに今起こっている事実を知らせる傑作である。
じゅうばこさんに刺激されて、私もしばらく戦争に関する映画や小説に触れつつ戦争について考えて行こうと思います。当面は100回が目標でしょうか。(笑)