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いやもうね、実によくあることだけど。

◇今日、お客さんがくることになってたのを忘れてて、ぎゃあっと叫んで散らかった部屋掃除して、買い物に行く時間ないから花もお菓子もありあわせで何とかなる!ということにして、はああと一息ついて、ふと気づいて携帯を切ったままにしていたのを復活させたら、「台風だし、ご訪問はまた」のメールが来ていて、がっくりと、やったーと、にんまりと、よしよしと、何かもういろいろで、家は掃除機もかけてきれいになってるし、買い物には行かない予定だから一応ヒマだし、しかし、するはずだった仕事は山積みだから、よしこれを片づけようとか思っても、もう安心したついでに遊びたい気分になってて、だらだらお茶飲んでベッドにころがってDVDを見てる。
せめてカツジ猫にブラシをかけるか。

◇おまけにゆうべはたっぷり寝たので、体調だけは非常にいい。肝心の台風はというと、しとしと雨が降ってるだけで、風なんか全然吹かない。ありがたいけど、この貴重な時間をどう使ったらいいのか困ってしまう。いっそ、上の家に行って、まだ見つからない「チボー家の人々」でも、書庫の混沌の中から探して見るかなあ。

◇森村桂の本を数冊読んで、圧倒されてへたってる。この人やっぱりもしかしたら、偉大な作家だったんじゃないのかなあ。俗世間と密着しつづけたという意味で。異常さや異端を内包したまま、普通であろうと努力しつづけ、自らの人生を決して流されず、理想や物語を軸に構築しようとしつづけたという意味で。
どうせもう、唐突ついでに言っちまうと、大変なスケールの人なのに、めちゃくちゃ平凡な人たち(悪口じゃない)に「自分と同じ」と思わせてアイドルになったという点では、林真理子とも似てる。そして、林真理子が破綻せず幸福をつかんだみたいなのは、もちろん本人それぞれの資質もあるけど、女性の生き方や、世間の女性への見方が、ええい、はっきり言ってしまうとフェミニズムの定着が、ひとつの差でもあったんじゃないのかなあ。

ただ私が林真理子と自分は、あたりまえだがちがうと思い、森村桂は永田洋子と同様に、ひとつまちがえば私もこうだなと思う大きな要素は、自分の分際もかえりみないで、ついうっかりと、ずるずると、他人を救おう、助けようとしてしまうことだ。
そして私は自分の周囲でも、結局、この弱みを持っていない人に対しては、冷たいし、決して心を許さない。
何とまあアホだろうと思いつつ、自分なら絶対せんわと思いつつ、それでも個人でも社会でも世の中でも、誰かを何かを救おうとする救世主願望みたいなのがある人のためには、私は自分を犠牲にして、つくすし、愛する。その弱みが欠落している人には、どんなに楽しく仲よくつきあっていても、こっちの気分であははんと、すぐに手を切る。これはもう、自分でもどうしようもない。

ちなみに私に好かれよう、深く関わろうとして、そういう資質を身に着けようと思う人は、悪いこと言わないからやめた方がいい。本末転倒もいいとこだし、絶対ろくなことにはならない。別に私に好かれなくても、世の中にはすばらしい幸福がいくらでもある。林真理子を見てごらん。って、いやあの人も本当のところはどんな人か知りませんけど。読む文章のイメージの限りでは。

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カツジ猫