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いらつくなあ(3)。

「在九州でいつもとかわらぬ日常を送ることができている現在、非日常を経験している方々がもどってくることができる日常を保つ」ことをめざして、リンクしている「北窓書屋」の管理人さんは、平常の読書更新をあえてつづけている。

「避難所にいなくていい人間には、いなくていい人間の責任ってものがある」と、さち・ド・サンファル!さんは、公演を中止せず、歌いつづけている。

そんな人が回りにいて、自分自身も被災者の方々には、一見無用な罪のないマンガやお笑い番組も今とても必要なのではないかと、津波のほとんど直後から考え、口にしていた人間としては、日本に「自粛」ムードがひろがり、派手で華やかなことをしたら周囲から攻撃されるという事態になっていることなんか、想像もつかなかった。

言いたいことは死ぬほど、山ほどあるが、さしあたりこれだけ言っとく。自粛したいなら自分だけでやれ。そういう派手なこと、にぎやかなことをしたくない人もいるのは当然だが、自分の感情パターンに他人をつきあわせるんじゃない。

被災した人にも、しなかった人にも、あらゆるタイプの人がいて、悲しみ方も苦しみ方も、その解消のしかたも慰め方もさまざまなものがある。全人類が自分と同じ感情と反応をすると思いこみ、しなければならないと決めつけ、それにあてはまらない者は人間じゃないと思いこむやつこそ、人間の名にあたいしない。

だいたい、そういうわかりの悪いやつにわかるように、身近すぎる例で説明すると、病人を見舞ったり、けが人を介抱するのに、黒い服着て泣きながらするか? 立派な夫や妻や親や子どもなら、悲しいのも不安なのもがまんして、元気そうにふるまって、にっこり笑って見せるだろ。「心配しないで、私は大丈夫。元気にやってるから、あなたは治療に専念して。何かいるものない?」とか言わないか? 菓子とか花とか持ってかないか? 自分の家で「あの人が苦しんでるのに申しわけない」と言って、電燈もつけずに座ってるのか? それって、がんばっている病人やけが人に対しても、失礼だろうが。かなり。

そういう病人やけが人たちにパワーをいくら吸いとられてもいいように、自分は必死で、その人たちの分も幸福で快適で輝いてなくてはいかんのだ。黒柳徹子が悲惨きわまる戦場の村の子どもたちに会いに行くとき、どんなにきれいで華やかなかっこうをしていくか、見てみろ。言わせてもらえばそんなこと、人を救うときには常識だぞ。

もうな、私もいっくらでも言うが、そんなことが今わからないで、自粛しない人を攻撃までしなくちゃおさまらん人たちって、自分より不幸な人や悲惨な人のこと、これまで考えたことないだろ。きちんと想像したことも、かかわろうとしたこともないだろ。だからそんな、突拍子もなくピントはずれな攻撃するしか、つくし方や、することが思いつけないんだろ。顔を洗って出直してこい。…はあ、こっちまで何だか2ちゃんねる風の表現になってしまうじゃないか、まったくよ。

冗談はさておき、元気でいなきゃだめですよ。どんな手段を使っても、今は。

そういう自粛の一環かもしれませんけど、テレビのCMもやたら種類が減って、同じやつばっかり流れて、子宮頸ガンに昔かかった女優さんも、脳卒中にかかった監督も、こんなしつこく流されたら逆に迷惑してるんじゃないのかなー。

第一、そんなこと言うなら、脳卒中で倒れて療養中だった方も、子宮頸ガンの手術したお母さんも被災者の中にはいるはずで、そういう方のこと考えたら、このCMだって自粛しなけりゃいかんでしょ。気をつかうんだったら、もう何もできないわけで、そもそも生き残ったことを反省するしかないわけで、とめどがないし、きりがない。

この復興には、どうせ何年もへたすりゃ何十年もかかる。あらゆる悲しみや苦しみが、被災にあわなかった私たちにもいろんなかたちで、きっとおそいかかってくる。そんな長い年月、被害にあった方々を支えられるような支援をめざすなら、覚悟するなら、そんな長いことつづけられるような自粛かどうかそもそも考えてみたらいい。第一私の気分では、自粛したりしているヒマなんかさえ今はない。

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カツジ猫