1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 日記
  4. 母と、母の母(14)

母と、母の母(14)

前にも書いたが、祖父の開いていた田舎の医院では診療費の半分は保険で取れても、患者さん本人は残りの半分をなかなか払ってくれなくて、祖母はいつも村中を回って集金をしていた。それでもなかなか回収できなかった。薬礼ということばは私は知らなかったし、薬礼びらきということばもネットで検索しても見つからないが、当時の田舎では江戸時代と同様に掛売りのようにして、薬代も返済する時期があったのらしい。田舎の人はと悪口を言いつつ、「持ってくればいつでもいい」と言う祖母のことばには、持って来ない人が多かったのだろうという吐息まじりの声音が聞こえる。大学が休みになったら、その夜の汽車で帰省しなさいということばにも、家をはなれた子どもたちを待つ気持ちがうかがえる。思えば母も私をこうして待っていたのだろうに、ろくに帰省もしなかった自分のことを重ねて、ちょっと申し訳ない気もしてしまう。

写真は当時より少し前の時代の私の一家。亭主関白の祖父が後列で、祖母が中央にいるのは珍しい。長崎の外国文化の影響かしらん。

この頃は毎日毎日薬代を持って来て一ケ年間の仕拂いひや使人達への謝禮や来客やかれこれにて便りもしかねて居りましたが二人共替った事もないでしょね 去る十八日が薬礼びらきでしたからそれがすんだら少しゆっくりなるだろうとおもってたけど田舎人は都會人のやうにちやんちやんすることが出来ないので今にダラダラと持ってきます でも持って来ればいつでもいゝわけですよ あなた方も最うそろそろ試験でしょ 元も来月は早々試験だからと日曜には中津まで本買ひに行って五円かと□□□買って来ました 昨廿二日には各小学校長が来て会議があるからと午前中に早く帰りました 入試の日どりは昨年より早く十七八だそうですの お休も早くなるとか云ってました 毎日それぞれ勉強してます 兄さんも廿七日からでしょ 随分ひどく勉強してるらしいですの 三月十五日には帰るそうです 活水はいつからお休になるの 休になったら其夜の汽車で立ち成さいね 皆して待って居ります お金は五拾円送って見ました 足りるでしょか もしか不足するやうだったら未だ日数はあるし一寸知らせて頂だい 今度は買物は何もありません 元ちやんが何か頼んでるかも知れないけど 寒いのもいやですがこう暖かくて雨ばかりふってゝは尚更いやね 時候が不順ですから二人共よく注意して試験前に風引かぬやうに祈って居ります
                       母より
  澪子様
  南生子様

(二月廿四日)

Twitter Facebook
カツジ猫