最後まで着る服(3)
これは何かと言いますと、黄色一枚と黒二枚の、どれもカシミアのセーターです。めちゃくちゃ虫に食われてしまって、まともな人ならなんぼなんでも、即捨てます。黒のセーターなんて、他にも下手すりゃ十枚近くあるのだし。
なのに、ついつい、ついついつい、いろんな色の毛糸を買って、ものすごい穴の数々、穴と言うよりあちこちでは溝の数々をつくろってしまった自分がずっこけすぎていて、我ながら恐い。
私は手芸も刺繍も裁縫も、したことなんてまるでない。ボタン付けがやっとで、多分大抵の男性よりは、こういう仕事は下手だし、縁遠い。
なのに、なぜやってしまったのだろう。いったい、どうなるものかなという好奇心かな。
とにもかくにも、ただつまんで、縫い合わせただけで、何の工夫も自慢じゃないがいっさいしてない。
それでも、これでも着られるし、ほつれもしないし、元はカシミアだから温かい。家で着るには重宝して、極寒の時期にはほとんど毎日着てました。洗濯は一応ちょっと上等の洗剤で洗っています。黄色のはその前から、めちゃくちゃに縮んでいて、着るときちきちで息がつまるけど、それもかえって温かだったりする(笑)。
余談ですが、数日前に予告なしの突然の訪問者があり、家が散らかってるからと玄関の立ち話でお帰りいただいたのですが、それでも仕事の予定がかなり狂ってしまって、私は数日がるるると吠えていました。これってあれです、集中する仕事の時は、誰か突然来るかもしれないと思うだけで、もう気になってとりかかれなくなったりするんですよ。
その時お見えになった方々は、一応顔見知りではあり、気兼ねなく不機嫌になれることも含めて、そんなに問題じゃないんですが、もしかしたらこれからは、もっと親しくもない方で、親しいつもりでおられる方が突然お見えになったりして、私も弱って来てるから、しっかり追い返せない場合、玄関先で倒れたり、気分が悪くなったりして、介抱かたがた上がりこまれてしまうこともある。片づけや介護と称して、そのまま家の中に居てしまわれることもある。そうならないようにはどうしたらいいかなどと、だんだん気になりはじめました。泥棒とか強盗なら、まだあきらめもつくんですが、こういう相手だと、ものすごく困ったことになるよなあと。
私は今でも留守を頼む人、猫の世話を頼む人、片づけをいっしょにしてもらう人、パソコンの担当者、決まった来訪者はそれなりにいて、その数人には鍵も渡してあったりします。その方々が何かのはずみで、家に入られても私を介抱介護されても、あたりを片づけても何をしても、私はちっともかまいません。そうなることは想定内も想定内です。
たださ、若いときからの体験で、私にはまったく理解できないけど、「ただもう他人の家を見たがる」「よその家に入りたがる」人って、案外いるんですよね。そして、中が散らかってたり、住人が具合悪かったりすると、それを理由にいろいろ見たり触ったりするのが、無上の喜びだって人も。
これが家族や親族ならまたいろいろと微妙ですが、私のような一人暮らしは、また一段と「誰のものでもない、皆のもの」イコール「私のもの」と感じる方って案外本当に多くって、こっちは全然そんな関係と思ってなくても、とにかくもう、家に上がりたい生活を見たい、それを人にしゃべりたいって燃えるような情熱を持つ人は、そんなに珍しくありません。
これ、情けないけど現実だから言いますと、夫でも息子でも居候でもその他何でも、「家に男がいる」と、ぴたっとそういう欲求は制御されるようなんですよね。だから、「家に男がいる」人は、こういう「この家は、ここの人は私のもの」「勝手に入っても見てもさわってもかまわない」と、すきあらば常に周囲にねらわれている感覚って、なかなかわかりにくいと思う。以前近所にいた奥さまは、ご主人が亡くなられたとき、「これからは私も先生(私のこと)のように回りから何をしてもいいと思われて好きなようにされるんだわと思って、一晩泣き明かした」とおっしゃってましたからねえ(笑)。そんなもんです。
(しかし、男性の方でもこれと似たことはありますよねえ。大学教員をしてたころ見ていると、男子学生の部屋に行って、ごはんを作ることから恋仲になる女子学生って、そこそこいました。まあ、いい女性もきっとたくさんいたのでしょうけど、中にはたまには「あれだけはやめた方がいい」と周囲が思うような女子学生と、ただもう料理を作ってもらうありがたさで、つきあってしまう男子学生もきっといたんじゃないかと思う。私は結婚も子育てもしませんでしたが、それでもちらちら考えていたのは、「もし男の子が生まれたら、しょうもない相手にひっかからないようにするためにも、家事特に料理だけはしっかりたたきこんでおかないと」でした。)
で、このごろというか、ここ数日私が考えていることは、こういう、「何かあったら家に上がって中を見て、私と生活を共有しようと思って突然訪れて来る、そんなに決して親しくもない人」を、問答無用で玄関からお引き取り願う服装って何かないかしらんということで。
ちなみに今何かと問題になっている電話での勧誘だったら、「すみません、今出かける直前で!」と言うのが一番手っ取り早いお断りのしかたで(いつも出かける用事はあるので、別に嘘ではありません)、これを家でやるとしたら、ばっちり外出用の服を着て真珠の首飾りでもつけて日常を過ごせばいいのですが、さすがにそれでは家事や猫の世話ができない。
庭仕事や家事で髪振り乱してというのもありですが、これはこれで嬉々として「あっ、今ならお話できますね」という感じでべったり張り付く人もいるからなあ。一度庭仕事のたびにそうやって張り付いてくるヤクルトの男性勧誘員の方がいて、私はとうとう「二度とおいでにならないで。あなた以外の方でもヤクルト関係の方は」と言ってしまったものですが、できればそういうことにはなりたくない。
体調が悪くて寝ている(嘘じゃない)のをアピールするのには、いっそ寝巻やパジャマを着て一日過ごすのが効果的かなと最近はわりとそうしているのですが、世の常のよくあることで、こうすると、ちゃんとした立派な常識ある訪問者の方々が「あっ、失礼を」と、とても恐縮なさって、お気の毒すぎるのです。逆に多分私が一番追い返したいような方は、「あら、ご気分悪いんですか、上がっておかゆでも作りましょうか」とか言いかねない、いやマジで。目をらんらんと光らせて(笑)。
そう思ったりしていると、何だか相手がどう考えていいかわからない、わけのわからない服装をして、漠然と気味悪い、近づくと危ないみたいな雰囲気をかもし出すのも一案だなとか思い始めます。
そういう時に着る服として、こういうつぎはぎセーターは、案外役に立たないかなと考えたりする。
どっちみち、これは人には絶対あげられない。私が死ぬまで着る他はない。そして私が死んだとたんにきっと捨てるか燃やされる。そういう点では潔い関係かもしれません。(2025.4.26.)