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「水の王子」通信(143)

「水の王子  山が」第三十六回

【青い木のある家で】

「どうしたんだ?」コトシロヌシは少し驚きながらそう言って、扉を大きく押し開けた。「まあ入って」
 タカヒコネは元気ない足どりで入って来て、「泊めてくれるか?」といきなり言った。
 「いいよ」コトシロヌシは奥のへやをのぞきこんだ。「寝床はいつでも使えるし」
 「君がそこで寝てくれ。おれは床でいい」
 「一応まだ病人なんだろ?」コトシロヌシは腰に手をあてて友人を見て笑った。「私が床に寝るよ。毛皮を何枚もしいてあるから暖かいんだ。心配はいらない」
 タカヒコネは扉の板に描かれた鳥の絵を見ていた。「君が描いたのか?」
 コトシロヌシは笑った。「絵は下手なんだ。からっきしだめさ。鳥ってわかるか?」
 「木の枝にとまってるんだな」
 「そう。飛んでるところも描きたかったんだが」コトシロヌシは食台の方に手をふった。「めしにしようとしてたんだ。食うかい?」
 タカヒコネは首をふった。「君は食えよ。おれは寝たい」
 「まだなんだったら食べた方がいいぞ」
 「食いたくないんだ」と言いながらタカヒコネは戸の方を見た。「誰か来たようだな」
 扉をたたく音がした。「コトシロヌシ?」
 「ニニギか」コトシロヌシは笑って、戸の方に行った。
     ※
 「やあ、いい魚がとれたんで、いっしょに食おうと持って来た」ニニギは元気な大股で入ってきて、縄につるした魚を持ち上げた。「サクヤは今日はホスセリとイワナガヒメのところに行ってるし。おや、タカヒコネも来てたのか。ちょうどいい。サルタヒコが酒もくれたんだ。いっしょに飲もうや」
 「料理の残りの火をまだ消してない。魚を焼こう」
 「おれがやるよ」ニニギは食台の上を見た。「そっちもうまそうだ。なあ、前からちょっと思ってたんだが、おまえ、その」口ごもりながらニニギは立っていたタカヒコネに酒の入った竹筒を渡し、タカヒコネはあきらめたように棚からとった杯を食台に並べて、それをつぎわけにかかった。
 「何を思ってたって?」コトシロヌシが聞く。
 「おまえあんなに鳥が好きなのに、食うのな。だってこれ、鳥だろ?」
 「ああ、こいつは放っとくと増えすぎるし、他の鳥をいじめるし、時々減らした方がいいんだ。これは今日タカヒメが持ってきてくれた。船も攻撃して帆を破るから危険なんだよ」
 「うまいのか?」
 「相当に。それがこいつの一番の長所だ。酒とも合う」
 ニニギは石包丁とまな板で魚を切り分け、臓物をはずして切り身を火にかざした。「新しいから生でもうまいんだが、焼いたらまた格別だ。タカヒメと言えば、門口のあの木、何とかならんのか? タカヒメが持ってきて植えたんだろ?」
 「一番早く育つとかで、サクヤと相談して、あちこちにいっぱい植えたんだよ。タカマガハラから苗を持ってきてくれて」
 「それにしたって、タカマガハラじゃ透き通って薄く光ってたのに、あのものすごい青色は何だ? 目立ちすぎて何とも」ニニギは首をふった。「この世のものとも思えない。なあ、タカヒコネ?」
 「まあ、目印にはなるな」タカヒコネは食台の前に座って、ぼんやり答えた。「全部があの色ってわけでもないし」
 「それだ。タカギノカミが言ってたが、植える場所やあたる風によって、いろんな色になるらしい。タカヒメもちゃんとそういうことは聞いてきてくれないとなあ」
 「墓地に植えたのは紫になってるし、畑のやつは黄色だったが、このごろじゃまた白っぽくなった」コトシロヌシは木の皿をニニギに渡し、食台に三人分の器を並べた。「それにたしかに成長が速い。木の実がなってるのもあって、子どもたちは喜んで食べてるよ。鳥たちもな。あれは害にはならんのだろう?」
 「と思うが、タカマガハラではもっと小さくて色もほとんどなかったし、花みたいで、食う者はなかったよ」ニニギは両手をこすり合わせた。「ほらできた。食おう食おう」
      ※
 「この魚うまいけど、珍しいな」コトシロヌシがふっくら焼けた切り身をはさんで、ながめた。「どこでとった? 浜の近くじゃないだろ」
 「サルタヒコの船で沖に出て釣ったんだ」ニニギは得意そうだった。「もうもぐるのは寒くってそろそろ無理だから、これからは釣りかなあ。来年はタカヒコネ、君もいっしょにもぐろうや」
 「おれはもういないかもしれないがな」タカヒコネは酒をあおった。「まあよろしくやってくれや」
 「え?」ニニギは眉をひそめた。「身体の調子はよさそうじゃないか。このごろ顔色もよくなってるし」
 「村を出るかもしれんからな。もうちょっと一人で旅でもできるようになったらだが」
 「なあんだ」ニニギは安心したように笑った。「それじゃまだ当分は先じゃないか」
 「どっちだ」タカヒコネはうんざりしたようにうなった。
 「うちで何かあったのか?」コトシロヌシが心配した。「父やスクナビコと、どうかした?」
 タカヒコネは手をふって顔をそむけた。「せっかくのうまいめしと酒なのに、今その話は」
 「ひょっとして、スクナビコの正体がわかったのかい?」ニニギがひざを乗り出した。
 タカヒコネが鋭くニニギを見たのと、コトシロヌシが、え?と首をかしげたのが同時だ。「あ」とニニギがへどもどした。「その話、コトシロヌシはまだ知らないのか」
 「覚えておけよ。まあ別にかくしておくことじゃなかったが」
 「別に聞かなくてもいいいよ」コトシロヌシが笑って手をふった。
 「でも知っといてもらった方がいいな」ニニギが言った。「要するに、あのスクナビコはスクナビコじゃなくて別の誰かなんだ。本物は以前に草原でタカヒコネが殺してな。だから今の彼は、弟子か誰かが化けてるんだよ」

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