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「水の王子」通信(181)

「水の王子  空へ」第二十回

【ほぼ解けた謎】

「こんなことって、あるものだろうか」夕日の中を船に戻って行くタカマガハラの三人を見送りながら、まだ半信半疑の声でニニギが言った。「それこそワカヒコが何かしてくれたんじゃないかと思うぐらいだ。いろんな謎が、いっぺんにとけちまった」
 「ワカヒコってより、サクヤのおかげさ」コトシロヌシが冷静に言う。
 「『灰色の町』の話題を引き出してくれた」タカヒコネもうなずく。「それにしたって何という途方もない話だろう!」
 「それだけの秘密を抱えて、あれだけしれっと、この村にいたワカヒコのことが、まだ信じられないよ」ニニギはまだどこか呆然としていた。「結局あれかい? 彼がここに来て、とどまっていたのは、ヒルコとハヤオのためだったのかい?」
     ※
 「そういうことになるんだろうな」コトシロヌシが、自分で自分にたしかめるように、かみしめるような口調で言った。「彼はイザナミと手分けして、任務の間をぬって、もちろんそれを利用もして、さがしつづけたんだ、あの二人を。そして、とうとう、この村に二人が暮らしているのを知った」
 「そして、タケミカヅチの言うことを信じるなら―多分その通りなんだろうが」タカヒコネの声にもかすかなおののきが、まだ残る。「タカマガハラの指導者たちを動かして、自分がこの村をさぐりに行く任務を与えさせた。そして、戻らなかったんだ。村をさぐっているという口実で、自分以外の誰も村に近づけなかった」
 「ヒルコとハヤオを見守り、オオクニヌシを助けてこの村を守って」コノハナサクヤも、あとを続けた。「そして、トヨタマヒメとも協力して、イザナミをときどき、ここに連れて来ては二人の子どもに会わせてたんだわ。彼女は二人と何か話をしたのかしらね?」
 「どうだろう。いつかはそうするつもりでいても、まだだったんじゃないのかな」タカヒコネが言った。「ヒルコもハヤオも、そんな話はしてなかったし、そんな様子もなかったよ。ただ幸せに、のんきに暮らしていただけだ。イザナミはさしあたり、それを見ているだけで充分満足してたんじゃないか。ヒルコに許され、ハヤオを許す自分の気持ちも伝わったような気がしてさ」
 「そして、女の子たちが言っていたように」サクヤの声にはどこかおごそかな響きもこもっていた。「時にはご自分もこの村で、踊ったり、遊んだりして楽しんでおいでだった。トヨタマヒメとワカヒコの手を借りて」
     ※
 「キノマタのことは二人の予想外だったんだろうか」
 「どうしていいかわからなかったんだろうな。できれば、この村のことに、あまり手出しや口出しはしたくなくて迷っている内、事態がどんどん進んでしまったんじゃないか」
 「オオクニヌシのことも、どこまで信じてまかせていいのか、まだよくわかってなかっただろうし」
 「ツクヨミにも、この村やヒルコたちのことは、黙っていたっぽいからな」タカヒコネが吐息をつく。「彼女が信じて、すべてをまかせていたのは、きっとワカヒコだけだったんだろう」
 「ワカヒコが死んで、でも鏡は割れた。村は傷つきながらも何とか残った」
 「ヒルコとハヤオは、また旅に出ちゃったけどな」
 「それは、かえっていいことじゃないの?」コノハナサクヤが考えながら言った。「この村がこのままいつまであるかはわからないけど、似たような場所はこの世界全体に、少しずつ生まれたり、広がって行ったりしているような気がするのよね。だから、あの二人にも行ける場所が増えたし、この村がある限り、帰って来れる場所もある」
     ※
 「そうかもしれないが、それにしても、もっとワカヒコと話したかったな」タカヒコネはいつになく、淋しそうだった。「おれなんか何の役にも立たなかったろうけど、それでも何か少しぐらいは助けてやれたかもしれないのに」
 「そんなこと言うなら私なんか山の上にいて、ろくに話もしなかったんだよ」コトシロヌシも珍しく沈んだ声を出した。
 誰からともなく、ため息がいくつか続いた。それからコトシロヌシが気をとり直したように、しいて陽気な調子で言った。
 「だがまあ、皆。我々にはまだタカヒコがいるじゃないか。見た目はそっくりだし、彼だって、そう捨てたもんじゃないさ」
 「あのな」ニニギとタカヒコネが同時に抗議しかけ、それからニニギが「たしかに」と思い直した。「タケミカヅチの話を聞こうと提案してくれたのは、あのおっちょこちょいではあるからな。そこはやっぱり忘れちゃいけない」
 「そうだな」タカヒコネもあきらめたように少々やけ半分の声を出した。「タケミカヅチは、いずれまた来てくれるって言ってたし、今度は彼がワカヒコに化けて、あっちこっちの村やら町やらに顔を出して回ってる冒険談でも聞くことにするか」
 「失敗談だろ、どうせおおかた。まあ口直しにはなるかもしれないけど」
 「そういうの、口直しって言う?」サクヤがあきれた。「それに成功談だって、ひとつかふたつは、あるかもしれないじゃない」
 サクヤの腕の中のホスセリが、賛成するようにばぶばぶとのどを鳴らした。

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カツジ猫