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水の王子・「川も」12

「ツマツの死んだお父さんは、備えておけ、って言うのが口ぐせだったらしいな」ハヤオは歩きつづけながら言った。「いつ誰が突然やってきても、すぐ迎えられるように、そして旅立てるように。でも、あの子たちの様子は何かそういう心がけともちょっとちがうような気がする」
 「だよね」ヒルコのあいづちは、ちょっと上の空だった。「ツマツの父さん、そんなこと言ってたんだ?」
 「ゆうべ、モモソがツマツに話してるのを聞いたんだよ」忘れない内にと思って、ハヤオがモモソの話をくり返すと、今度はヒルコは「ふーん」と耳を傾けていた。
 アマテラスのことを思い出しそうになったので、ハヤオは話の方向を変えた。「おまえ、この話の意味、どういうことか何か思いつくか?」
 ヒルコは首をふって、「あんまり」と言ってちょっと笑った。「何だかまるで関係ないけど、タカヒコネがいつかタケミナカタのことで怒ってたことを思い出したぐらいかな」
 「タカヒコネがタケミナカタのことで怒ってた? 珍しいこともあるもんだな。スサノオの都で兄弟か恋人みたいに仲よかったって有名なのに」
 「あ、ちがうよ、タケミナカタに怒ってたんじゃない。タケミナカタに熱を上げてたどっかの女の子のことで怒ってたんだよ」
 「なあんだ、やっぱり。どうせそんなことだろうと」
 「ハヤオもそのときいたんだよ。たしかサクヤの家で、イワナガヒメやニニギもいたっけ」
 「ほんとか? 全然覚えてないや」
 「ハヤオたしかそのとき、コトシロヌシにもらった新しい鳥の羽で、矢羽根を作るのに夢中になっていたからなあ」
 「おまえほんとに、くっだらないことよく覚えてるよな。それで、そのタカヒコネの話ってのは?」
 「どうでもいいから、またいつか話す」畑の中で鍬をふるっているツマツが見えて来たからか、ヒルコはちょっと足をとめた。「僕もハヤオに話しておきたいことがあったんだ」
     ※
 「ん?」ハヤオも立ちどまった。「何だよ?」
 「はっきりしないから、どうしようか迷ってたんだけどね。お屋敷での食事のとき、上の娘が僕のとなりの席じゃない? だからときどき見えるんだけどさ。あの部屋、あんまり明るくないから、ハヤオの席からじゃ多分見えない」
 「何がだ?」
 「あの娘の首すじと手首に、目がついてるんだ」
 「はあ?!」
 「最初はうっすら、あざみたいだったんだけど、このごろだんだん濃くなってさ。ときどき服の襟元から口みたいなのも、出たり入ったりしてることがある」
 「それって、おまえ…」
 「うん、マガツミによくあるやつだよね。ぶよぶよすきとおった身体の中に、ぷかぷか目やら口やらが浮かんで動き回ってる、あれと同じかたち」
 「おれの席のとなりは男の子だが、そんなの見ないぞ。一つ向こうに座ってる妹娘のことはわからないが」
 「そうだろうね」
 「おまえ、いやに落ち着いてるが、そんなに落ち着いていていいのか?」
 「だから、だんだん濃くなって行ったから、急にはわからなかったんだってば」
 「それにしてもなあ!」
 「ツマツにはないね。仕事してたら暑いから、よく衣の袖まくったり、上着脱ぐからわかるけど。モモソにもない。お屋敷の主人夫婦も。でもさ、村の子どもたちの手や首にはときどき見るんだよ。このごろ寒くなって皆しっかり着込んでるから、いまいちわからないんだけど」
 「よせやい、ここはマガツミの育つ村か?」
 「知らないよ。だからハヤオはいやなんだよ。そうやってすぐ一足とびに何でも決めつけちゃうんだから」
 口をとがらせてにらむヒルコに、ハヤオはむしろちょっと安心した。おれはどうしてこいつが不機嫌でおれにつっかかって来るとき、こんなにこいつと一心同体になったような満足感を味わうんだろうと反省しかけたぐらいだった。
 「あいつらがこの村を出たがるのや、旅だちたがるのも、それと何か関係があるのか?」
 「どうだろう。今はまださっぱりわからない。ただひとつ、何となくわかるのはね、あの子たちの誰も、それを恥じたり、かくそうとしたりしてない。屋敷の上の娘だって、どうかすると、ちょっと見せびらかしてるような感じがするぐらい。親も気にしてる風がない。この村じゃ、マガツミに似たしるしが身体にあらわれて来ることは、全然おかしなことでも何でもないんじゃないかな」
 「どうする、もうちょっと様子見るか?」
 「冬になるしね」ヒルコは首をかしげて空を見上げた。「山は雪が深そうだし、ここでこのまま春を待つ方がいいかもしれない」

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カツジ猫