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(71)よくもまあ

いわゆる断捨離というか、いらないものを捨てたり人にあげたりしようと家の中を整理していて、私の場合「こんなにあったか」と愕然とするのは、何と言っても筆記用具である。
書類や原稿といった紙類が多いのは、これは別格であたりまえだし、本はいくら多くてもしかたがないと思っているし、だいたい私なんぞが少々本の山に埋もれていても、同業者に比べるとかわいもんで、とても多いとは言えない。
絵葉書だのキーホルダーだのも、なぜこう増えたかと驚くが、「どうして、いったい、何でまた、何を考えて、こんなに買いこんでいたのだ」と、自分が信じられなくて脱力するのは、ボールペン、鉛筆、サインペン、色鉛筆、マーカー、筆ペン、などなど、ありとあらゆる種類の筆記用具だ。
私は昔は普通の人があらかたボールペンを使うようになってからも、かなり長い間万年筆を愛用していて、それも多分十本や二十本はあるのだが、これはどこかにまとめているので、勘定に入っていない。それをのけても、多分靴の空き箱に三つか四つぐらいはあったと思う。

母が最期までお世話になった老人ホームの担当の若い男性が、皆がいつの間にか持って行ってしまうので、常時ボールペンが足りないと言って嘆いていたので、私は使わないボールペンが少したまると、今でもときどき持って行く。当然、芯は入れ替えて行く。最初は数本ずつ遠慮しながら近所の文具店に持って行って替えてもらっていたが、だんだん図々しくなって最近ではどさっと数十本渡して預けて、替えてもらったりしている。芯なんて安いものだし、お店にとってはありがたくないはずで、まったく感謝してもしきれない。

そういうことをしていて、あらためてわかったのは、ボールペンの芯の規格というのは、ものすごいほどさまざまで、しかも「うちには、この芯はおいてなくて」と断られるのがけっこう多いということだ。
私が芯替えをたのむありがたい店は、何とか合いそうな型を見つけて短く切ってくれたり、つめものをして合わせてくれたりと、神様のようなサービスまでしてくれるのだが、それでも五十本持って行けば十本程度は芯がないと、そのまま返される。
どこかに行けば見つかるのか、世界のどこかにぴったりの芯が存在するのか、それはわからない。中にはずいぶん立派だったりお洒落だったりするものもあり、私はいろんな団体に寄付するときは、使えるものと別に「芯がないと言われましたが、どこかに芯があるかもしれません」とかメモをつけて、未練がましく、そういうものも入れておいたりする。迷惑なのかもしれないが、捨てるのはあまりに贅沢な作りなのだ。
それにしても、もう少し無駄の出ないように全世界のボールペンは、規格を統一できないものだろうか。

基本的にすべて寄付してしまうつもりでいたのだが、そうは言ってもついつい手元に残してしまうものも、ボールペンでは二十本近くになった。
もう胴体がひび割れてがたがたで、多分人手に渡したら即捨てられるという一本は残した。ごく普通の安い品で、よく見ると、どこかの事務室のものらしいラベルまではってあって、うっかり持ち帰ったという記憶もないが、何かのはずみでまぎれこんだらしい。すぐにゆるんでぐらつくが、一応書けるからしかたがない。

今でも買える、どこでも買える、コンビニに山ほど普通にある安いのも数本残した。どうしてって、これはむしょうに書き味がいいのだ。一度手元に何もなくて、そのへんのコンビニでひょいと買って、本当にエクスタシーと言ってもいいほど、指先から手首まで走り抜けるその快さにに驚嘆し、いつの間にボールペンはこんなに進化したのだと思った。以後、同じのをつい数本買ってしまい(そら、これだから増えるのだ)いつもバッグに入れている。落としてもいい、なくしてもいい、どこにでもある、しかも絶対にきれいな文字が書けると安心できるボールペンは、毎日を生きて行く上で欠かせないぐらい、とても心を安定させる。

あとは、ゲラの校正用に買いこんだ、細い赤のサインペン。これも小さい赤文字を書くとき、ボールペンだといらつくし、最低のストレスにしておかないと、それでなくてもぶちきれやすい細かい作業は続けられない。最低でも十本ぐらいは、安心できる同じものが手元にないと落ちつかない。

残りは、そこそこ立派そうな数本と、手帳にくっつけて使う細い小型のを数本。大学の退官記念か何かでもらった大学の名が入った太めの一本。書きやすくて愛用しているのだが、少しインクが濃すぎて、ハガキなど書くと汚れやすいから、いつもこれというわけには行かない。あとは、叔母と叔父が使っていた、製薬会社などからもらったらしい、薬品の名前などが「フロモックス」「ソルタクトン」などと入っているのが何本かあり、面白くて、つい使っている。叔父の勤めていた病院の何かの行事のときに作ったのか、病院名が彫りこまれたのも二本ほどある。
中には、普通にノックするのではなく、ひっぱって伸ばすと妙に長くなって芯が出て来たり、端っこを開けると印鑑になっていたり、人を食った作りのものもあって、しょうもないけど楽しい。

ベッドの上に並べて、写真をとってみた。いっしょに写っているのは、田舎の家のあちこちに、母が置いて使っていたらしい、いろんな懐中電灯だ。母は平和運動や選挙運動や老人クラブの会合で、夜もしょっちゅう出かけていて、近眼で方向音痴だから、よく溝に落ちたりしては、「反対側なら川に落ちて死んでたところだったから、運がよかった」などと、前向きすぎる発言をしていた。今思えばよくもベッドの上で死ねたものだと感心する。
田舎の夜は暗い。深夜の土手やあぜ道を、母が一人で、誰もいない寒い家に、それでも世界の未来を信じて集会や講演会やビラ配りをした後で、意気軒昂と帰るとき、私が知らないその時間をともにした、この懐中電灯たちを私は手放す気になれなかった。肩からかけられるように紐がついていたり、町内会か敬老会かでもらったのか交通安全協会のラベルがはられたままだったりするのも、母の暮らしの空気がそのまま、伝わって来るようだった。

どれも、灯りがつかないので、使えないかと思ったが、行きつけの電気屋に持って行って、電池を替えてもらったら、皆しっかり明るくともった。私自身も懐中電灯はいくつか持っているのだが、この味気なく泥臭い母の使っていた品々は、それとは別の懐かしさと頼もしさがある。用もないのに時々ともして、あちこち照らして遊んだりするのも、何だかとてもばかばかしすぎて、妙にぜいたくな気分になれる。(2018.10.9.)

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カツジ猫