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「ホワイト・サンズ」という映画(3)。

◇うーん、書いてるうちにそぞろ不安になったんだけど、まったくの記憶ちがいだったらどうしよう(笑)。も一回、DVDでも借りてきて確認した方がいいかもしれない。
まあいいや、続きを書く。

最近の映画じゃ、きっと、「夫が貞操を守る」こんな設定は普通だろう。婚約者でも、恋人でも。スパイでも、戦闘員でも。そして海外ドラマでは、一見性的にはちゃめちゃなような「セックス・アンド・ザ・シティ」でも「グッド・ワイフ」でも「スマッシュ」でも、男女を問わず夫婦の一方の浮気に関しては、本人も相手もものすごく厳しいし、たった一度の浮気でも、遠い昔の浮気でも、文字通り家庭は崩壊する。私でさえも見ていて、「そ、そこまで厳しく言わんでも」と、たじたじとなるほど、そのモラルは徹底している。

これが昔からそうだったのか、実態はどうなのか、私には判断できない。ただ言えることは、20年前、確実に私が「ホワイト・サンズ」で衝撃を受けたように、おそらくそれほど「男の貞操」に関して厳しくない文化は存在していたのだ。
あの映画が、どの程度、それを否定する新しいモラルのさきがけだったのかはわからない。だが、長いような短いような20年の時を経て、着実にそれは変化して来たのだということは、多分たしかに言えるだろう。

◇アメリカでも日本でも、「戦う男は売春婦を抱いてあたりまえ」という常識や感覚が次第に変化して来たのは、一朝一夕に起こったのではない、それなりの歩みや苦闘や蓄積がある。私はそれが、人類の努力によって築かれて、作りあげられてきたことを知っている。だから作られたものなら、こわされはしないかと不安な一方で、だからこそ、そうたやすくこわされはしないだろうと祈りをこめて信頼もする。

それにしても、このこともだが、人間が進歩し発展し文化的になるにつれて、「殺し合いをする」という行為も、売春もふくめて、それを支える仕組みも、人間社会のごくごく普通の健全な感覚とは、どんどん齟齬が大きくなるとしか思えないのだがなあ。男女を問わず人間のDNAの中に「人を殺す作業に耐える」という要素はなくなって来つつあるんじゃないんだろうか。その流れには逆らわない方がいいぞ。だから平和憲法は守った方がいいんだってばさ(笑)。

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カツジ猫