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あがいてまする

授業開始が近いというのに、楽々見つかると思っていた、「八犬伝」の中の一節が皆目まったく見つからず、この数日あの大長編を斜め読みしまくるという、不毛っちゃ不毛な、いややっぱり不毛でしかない作業に忙殺されている。そんなに有名な場面でもなく私が勝手に悦に入って記憶していただけだから、検索その他の方法もまったく使えない。いやんなる。もうこうなったら、見つからないのを前提に資料を作るしかないかもしれない。さしあたり。

政府は学術会議の規則改悪の法案を、今国会には提出しないことに決めたとか。珍しく朗報だが、サミット前に「日本政府は学問に介入」とのニュースが世界に流れるのを避けただけだっていう警戒の声もある。まあどっちにしろ油断はできない。
 それにしても、ラジオのニュースでほとんど連日、ひまさえあれば「選挙の応援で和歌山漁港に訪れていた岸田首相」(に爆弾を投げた容疑者がどうたらこうたらという、別に急がないでもいい話が続くのだけど)ということばを流すのだけど、あれってさりげなくも露骨な選挙活動の宣伝にならんのかね。一方の陣営の氏名と活動をあれだけ連呼しまくるというのは、サブリミナル効果かなんか生むんじゃないの。爆弾の破片がそのへんの建物の壁にあたってへこんでたなんて、毎回小出しにトップ報道するようなことかい。絶対に変だろう。

近くのスーパーがプラスティックごみの回収を再開したので、さっそく持って行ったら、小さい回収箱を二つ置いてるだけで、その上にべたべたと、規則を守ってあてはまらないものは入れないように、もし守らない人がいたら、ここは閉鎖するかもしれませんと、すごい脅しが書いて貼ってあった。
 プラごみの回収だけが廃止されたときから、うすうす察してはいたのだが、よっぽど非常識な廃棄を続けていた人がいたのだろうなと、むしろあらためて店側に同情した。しかし当の非常識な捨て方をする人は、この注意書きが読めるのだろうか、理解できるのだろうかと、そこは少し心配でもある。

ネレ・ノイハウスのミステリ『白雪姫には死んでもらう』は案外早く読み上げられた。そろそろこの重厚文体に慣れて来たかな私。主人公の青年がかわいそうすぎて話がわかりやすいのも、読みやすくなる理由かも。たださ、突然あらわれる人物や紙片や物体の説明をしないまま、ひっぱる手法は度重なると気に触るから、ほどほどにしといてほしい(笑)。「彼は見て驚いた」「彼女は意外さに目を見張った」みたいな言い方で、そのまま場面転換して切っちゃうことが多すぎるんだって。

『森の中に埋めた』でもそうだったのだが、この作者が描く一見普通の村落共同体がはらむ恐怖は本当にやりきれない。それに歴史の重みが加わったり、名士や有力者の権力がからむともう救いがなさすぎる。これほどひどいことにはならないまでも、未遂に終わる要素はどこにでもあるだろうという可能性に思い至らせるのもゆううつだ。
 映画などでよく見る、アメリカ南部の保守的な村や小都市の恐ろしさともよく似ている。そしてそういう南部の村はたいていあっけらかんと明るい乾いた、広い空の下にあるようなのに比べ、そこはドイツだからどことなく暗い森に包まれているのも、どっちも魅力的なんだけど、背景としちゃ効果満点の無気味さだ。
 それでもう、言うまでもなく、私が育った田舎の日本の村もまた、これと似た魅力と恐さがあるんだよねえ。

『深い疵』などでは、その共同体と歴史の絆が、世界規模でも存在し、政治も歴史も同じ図式の中にあることを、ちっとも不自然でなく違和感もなく描かれていることが、これまたすごい。巨視的にも微視的にも同じ説得力のある世界を描けるのなんて、なかなかできるこっちゃないと思う。

ここ数日真夏の暖かさと思ったら、来週はまたどっと寒くなるとか。もう知らん。

庭では黄色のバラが満開。アイリスも咲き出しました。

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カツジ猫