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「水の王子」通信(163)

「水の王子  空へ」第二回

【最初の出会いは】

「何なんだ、いったい、こいつは」タケミカヅチは太い腕を台につき、厚い手のひらで顔をぐいっとなでた。「ええ、私はたくさんの将軍にお仕えしました。皆、偉大な方々でした。もちろん、それなりの欠点もおありでした。しかし、こんなことを考えたのは、ぶっちゃけもう、あのお方に対してだけです。何なんだ、こいつは」
 月は丸く満ちて、空に輝いていた。海も草原も昼間のように遠くまで見通せた。海と反対側の酒場の三角窓からは、草原に停まっている大きな白いタカマガハラの船が見えた。
 酒場の中は村人や旅人で、にぎやかである。しかし昼間ほどではなく、あちこちにけだるさを残した静かな卓や椅子もある。その一つに数人の若者にとり囲まれて、タケミカヅチが座っていた。
 タカマガハラの歴戦の勇士だ。彼もまた年をとらないのか数十年も壮年の姿のまま、タカマガハラの空飛ぶ船団を率いる将軍たちの副官として仕えて来た。大刀や巨大な槌を軽々と振り回す腕力をはじめとした戦闘能力のすごさは、敵にも味方にもよく知られ、恐れられてもいる。
 その彼をナカツクニの村の酒場に呼んで、いくさの話や将軍たち、特にこの村で若くして死んだアメノワカヒコの話を皆で聞こうと言い出したのは、そのワカヒコに外見はうり二つなのだが、中味はかなりおっちょこちょいのタカマガハラの若い医師タカヒコだった。彼もタカマガハラの次代をになうという、すぐれた戦士でもあるのだが、「永遠に次代をになうと言われつづけるんじゃないかあいつは」と口の悪い村の若者タカヒコネが言うように、どうもどこやら頼りなく見えてしまうのは、同じように一見軽やかに見えていながら、あらゆる方面で人並みすぐれていたワカヒコと、つい比べられてしまうからかもしれない。
 「気立てはいいし、頭の回転も速いし、彼なりによくがんばっているよ」村のまとめ役のように最近なってきている、おだやかな若者コトシロヌシはそう言ってかばった。「中味もけっこうワカヒコとあれで似ているところもあるし」
 「だがそれも困るんだよね」もとはタカマガハラの戦士で今は村に住みついており、ワカヒコとは親友だったニニギがぼやいた。「彼が悪いんじゃないけどね、このごろずっとつきあってると、だんだん記憶の中でワカヒコとごっちゃになって、彼の思い出があいまいになってしまうんだ。皆はそんなことないか?」
 「どこがだ、まるでちがうじゃねえか」タカヒコネがあきれた。「おれはどっちかというと反対に、ワカヒコの思い出がどんどん美化されて来ちまって困ってるぞ。あいつはこんなにバカじゃなかった、あいつはもっと動きにすきも無駄もなかった、そんなことをいちいち考えてしまうもんだから、時々、あれ、アメノワカヒコってそんなに立派なやつだったっけと、わからなくなっちまいそうだ」
 「まあ二人は私よりワカヒコとのつきあいが深かったから、そういうこともあるんだろうね」コトシロヌシが言った。「でも、そういうこともあるから、タケミカヅチの話も聞いといた方がいいのかも」
 というわけで、ここのところ数回タケミカヅチは村の酒場にやって来て、若者たちや村人や旅人に、いろんな昔話をしていた。
     ※
 もう海に出なくなって浜辺にひきあげられている大きな古い船を改造したこの酒場は、もともとタカマガハラと激しく長い戦いをしていたヨモツクニの中心だった若者ツクヨミが、妻のイワナガヒメといっしょにいとなんでいる店である。しかしヨモツクニとの戦いはもう一段落していたし、タケミカヅチもそのへんのこだわりはないと、タカヒコは保障していた。
 その通りだった。そもそも若者たちをはじめとした村人や旅人は、タケミカヅチと言えば寡黙で厳しく重々しい人柄と思っていたのだが、実際に間近に見て話をしてみると「ただの酒好きなおじさんじゃんか」とタカヒコネがあきれ、「そうだよ、どう思ってたんです?」とタカヒコがまたそれに驚いたように、気さくで無邪気でおしゃべりだった。酒場に初めて入ったときは、棚に並んだ酒壺や、しゃれた三角窓や、いろんな形の灯火に「おお」と目を見はって感心し、出される酒や料理に舌つづみを打って「うまいですなあ」と目を細め、聞かれたことには喜んで昔話をいくらでも楽しげにしゃべった。そうかと言って必要以上に村のことを知りたがるでもなく、どれだけ飲んでも酔いつぶれず、ある程度時間がたつと「やや、船の点検をしませんと」とか言って、ささっと帰って行く。
 「なるほど武人の鑑だな」コトシロヌシが評した。「副官の鑑とでも言おうか」
 「話もうまいし、ノリノリのようで無駄がないし」タカヒコネも感心していた。
     ※
 今夜はもうタケミカヅチの話も、四回めか五回めである。ワカヒコが将軍として初めて乗船して来て、顔を合わせたときの話をタケミカヅチは語っていた。
 「新しい将軍がお見えになる時のご様子というのはさまざまで」タケミカヅチは思い出して語った。「アマテラスさまは少し緊張しておられましたな。また、それも無理はない。本当にまだほんの少女でいらした。私の胸の高さぐらいの背丈で、それはもう本当におかわいらしかったですよ。キギスさまは、いつもお静かで悲しそうでいらしたが、それがまた皆の気持ちを一つにしたようなところもあって」彼は杯を干し、話を戻した。「アメノワカヒコさまは、いとも気軽に、身軽に、船の甲板から下ろしていた階段をかけ上がって来られた。私たちを見回して、うれしそうに『やあ』とおっしゃった。私が進み出てごあいさつすると、『タケミカヅチだね。会いたかった。頼りにしてるよ』と、それは楽しそうに言われた。そして皆を見わたして、『よろしく頼むよ。なるべく早くに皆の名前を覚えるから、私の前ではなるべくたがいの名を呼びあって話をしてくれ』と頼まれた。冗談なのか本気なのか、ちょっとわかりませんでしたが、とにかくつられて皆が笑った。それから私の袖をひっぱって、『だいたいはわかってるつもりだけど、船のしくみを教えてくれ。帆の張り方や舵のとり方も』と言われたのです」
 
【作者の説明】
 はい、「水の王子」新シリーズ、「空へ」の始まりです。
 冒頭そうそう、挿絵の言い訳。この絵はワカヒコじゃなくって、アマテラスなんですよね。何となくおわかりとは思いますが。
 「村に」「山が」同様、ひきつづきどうぞ、ご愛読下さいませ。

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カツジ猫