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(1)らいおん

(ライオン・ブロンズ・ライオンズクラブ)

松葉夫婦

十年ほど前に亡くなった叔父は、母の妹である叔母と仲が良く、母は時々「ああいうのは『松葉夫婦』と言って、一方が死ぬともう一方もすぐ死ぬのよ」と、縁起でもないことを言っていた。実際に叔父の死後二年で叔母も亡くなった。二人は何の根拠もなく、すべてを叔父にまかせて頼りきっていた叔母の方が先に死ぬと思いこんでいたところがあったから、そこは誤算だったにちがいない。少なくとも叔父は死ぬまで、叔母を残して死ぬつもりはなかったようである。

叔父は医者で、温厚な人だった。地元のライオンズクラブの役員のようなことをしていたが、なるほどそういう地位にふさわしい人だというような人だった。私は叔父と叔母には経済的援助も含めて、さまざまな世話になったが、だからこそ、二人の生活にはあまり立ち入らないようにして来た。二人がどのようなものを持っていたか、私はほとんど知らなかった。

ブロンズのライオン

叔母の死後、二人のいたマンションには膨大な服や食器や雑貨などが残されて、その片づけに私は長い時間をかけた。さまざまな人にいくらもらっていただいても、一向に物が減らないのは驚くばかりだった。それでも何とか私の家と実家とに二人の荷物をつめこめるほどに減らし、その数年後またその実家を売却するために、つめこんだ荷物をさらに人にさしあげたりバザーに出したりして減らした。
そういう中で、何となく残っていたのが、叔父がライオンズクラブで何かの記念にもらったらしい、ブロンズか何かのライオンの置物だった。

台座には叔父の名前やライオンズクラブの寄贈であることが刻まれている。人がもらってくれそうなものではない。それでも、ライオンの姿は雄々しくて生気があり、もしかしたら一目ぼれする人がいるのではないかと思ったから、実家を処分する前に、いろんな人に来ていただいて、「もらって下さい」と雑貨を並べるときには、これも必ず置いておくようにしたが、結局持って行く人はいなかった。
それでも何となく好きだったから、私はずっと実家の応接間のすみの花台の上に載せていた。応接間と言っても棚にはけっこう、行き場のないがらくたも並べてあり、あまり華やかな晴れ舞台でもなかったが、ライオンはいつも堂々と胸をはって、しっぽをぴんと伸ばしていた。

田舎の実家をたたむとなれば、私の町の家は狭い。余分なものを置く余地はどこにもなく、叔母が遺したもっと高価そうな花瓶や置物もいろいろある。どう見てもライオンは最初の処分の対象だった。特に作者の名前が入っているわけでもないし、せいぜいドアストッパーに使えるぐらいだろう。
何度か他の雑貨といっしょにバザーに出そうかとも思った。しかし、もらってくれる人がいなければ確実に処分されるしかないと思うと、それも何だかためらわれた。

はまった!

いよいよ田舎の実家を売却し、叔母がマンションの玄関にかけていた巨大な古い鏡だの実家の玄関にあった大昔の傘立てなど、さまざまなものを私は自分の狭い玄関につめこんで何とか見られるようにした。実家の応接間に昔からあった二つの花台もどうにか鏡の下に並べた。
背が高くてどことなく不安定な花台なので、立派な花瓶などは恐くておけない。一方の台には白いブリキの水差しをおいて、何とかかっこうをつけ、もう一つにはぬいぐるみなど載せてみたが、今ひとつしっくり来ない。
ふと、ライオンを思い出して、私は田舎の家に行った。いずれまたバザーに持って行ってもらおうと思っていた雑貨を並べていた部屋に入り、それまで、そういう荷物を動かすたびに、いつも転々として来た緑色のライオンが、見慣れた姿で、はしっこに置いてあるのを、そのままひっつかんで車に乗せて持って帰った。

花台においたら、しっくりはまった。適度に俗っぽく、適度に重厚で、安っぽい建売の私の家の玄関に置かれたさまざまにとりとめのない品々の奇妙な調和の中に、自然にはまった。
私は満足した。ライオンも満足しているように見えた。

安住の地

その後、町で立派な置物を売っている店を何気なくぶらついていたら、もっと大きい似たようなポーズの陶器や金属のライオン像がいくつかあったが、見慣れたからというだけでなく、わが家のライオンは、姿かたちや全体の迫力はそれほど劣っていない気がした。名前は入っていないものの、作者は立派な人なのかもしれない。私がどうしても手放せなかったのは、やはりそれなりの魅力があったのだろう。
今、玄関に入るたびに、私は何となくライオンの背中と頭をなでる。ときどき、ぴんとはねたしっぽに、キーホルダーをかけておきたい誘惑にかられるが、やはり玄関の主としての敬意を払いたくもあって、今のところまだそれは、つつしんでいる。(2015.10.25.)

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カツジ猫