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えっ?

冷蔵庫の中身を片づけて、怪しげな料理をいくつか作り上げ、今夜はもうゆっくりテレビでオールスターでも見ようかと思いながらパソコンを打っていたら、夕方になっていきなりテレビがいやな音を流し始めて、熊本で大きな地震があったと言い出した。ほぼ同時につきあげるように家がぐらぐらゆれだして、これはと思いつつ、どうしようかと考えていたらまもなく揺れはおさまった。

しばらくそのまま様子を見たが、大丈夫のようだったので、仕事を続けながらテレビの音だけ聞いていた。熊本はかなりひどい状況のようだ。最初の就職先で二年ほど住んだし、今では連絡もしていないが、知り合いも多いから心配だ。せっかく修復した熊本城の石垣も無事だったのかどうかわからないし、停電や断水も多く、この暑さの中で、どう避難するのか気になってならない。

死者や負傷者も出てきてるようだし、火事もあちこちで起こっている。倒壊した建物も多い。被災した人たちだって、それこそ夕方までは、今夜は野球でも見ようかと思っていたのだろうと思うと何だかひとごとではない。

しょうがないから、夕食を食べた。オールスターはさすがに放映して、選手たちは皆楽しそうに騒いでいた。だけれども、多分熊本出身の選手もいたんじゃないかと思うと、それもまた気になってしまった。

昔、子どものころ田舎の家で、祖母と母といっしょに居間のいろりを囲んでいた時、やはりかなりの地震があって家が揺れた。母も祖母もあわてもせず何もしなかったが、あまりに揺れがおさまらないので祖母が、「火を消そうかねえ」と言ったが、結局そのまま三人で黙っていたら、それきり揺れはやんでしまった。
 祖母が火のことを言ったのは、いろりの中に燃えていた炭火だった。だから夏のことではない。でもいよいよ寒くなったら、いろりの上にはこたつを載せていたから、それがなかったということは、まだ冬ではなかったのだろう。
 薄暗い部屋の中で、首をかしげてそう言った祖母の顔と声を思い出したりした。

それと、去年の八月に死んだ飼猫のカツジのことも思った。彼は十六年私とこの家で暮らしたが、その間、こんな地震はなかったはずだ。生きていたら、びびって走り回ったのかな、それとも気がつかず、ぐうぐう寝こけていたのかな。もうそれを知るすべはないが。

テレビが取材した被災者の方々は、皆落ち着いて穏やかに被害の様子を話しておられた。明日からもまた猛暑なのだろう。毎日よれよれで生きている自分のことを考えても、本当に大変なことだと思うが、何とか皆、無事でいてほしい。人間も動物たちも。

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カツジ猫