ぼくたちと、きょうりゅう(カツジ猫)
みなさん、こんばんわ
きのうは、かいぬしがなんだか、のんびりしていて、
ぼくたちは、みんな、「まだでかけないのかなー」と、
みんなで、くるまのまわりを、うろうろしていました。
おひるすぎに、やっと、かいぬしが、「でかけるよ」といって、
くるまにのりこんだので、ぼくたちは、おおさわぎして、
みなで、おしあいながら、くるまに、とびのりました。
ぼくと、せんぱいねこの、きゃらめるさんと、
あにゃんさんと、みるくさん、それに、しょだいねこのおゆきさん、
それに、ぼくがまだよく、みわけがつかない、
なんびきかのねこたちもいました。
みんなもう、しんでいるけど、いきもののめには、みえないだけで、
まえとおなじように、おもやと、はなれで、かいぬしと、
いっしょに、くらしています。
かいぬしも、なんとなくわかるのか、だれもいないときは、
ぼくたちに、わらいかけたり、はなしかけたりします。
いきているときとちがって、ぼくたちはみんな、
にわの、おはかのなかや、いえのなかや、わりと、どこにでも、いけます。
くるまにのるのだって、ほんとうは、どあや、まどを、
とおりぬけられるんだよ。
でも、いきていたときの、くせで、みんな、どあがあいたときに、
いっせいに、かたまって、なかにとびこむから、
おおさわぎになります。
みなで、じゅっぴきちかい、ぼくたちは、
うしろのざせきや、まえのまどのところに、かさなりあって、
そとのけしきを、みていました。
よくはれていて、やまや、もりは、みどりがいっぱいで、
うみは、あおくて、そらもあおくて、
そらをとんでいるようでした。
みちも、こんでいなくて、わかりやすくて、
かいぬしは、じゅんちょうに、はくぶつかんについて、
ぼくたちは、ぞろぞろ、あとについて、
おおきな、たてものにはいりました。
なかも、わりとすいていて、かいじょうも、ひとはそんなにいなくて、
たくさんの、きょうりゅうの、ほねぐみや、でんきじかけの、
おおきなはくせいがあって、ぼくたちは、すっかり、こうふんしました。
あにゃんさんは、いつものように、よろこんで、
あっというまに、どこかにいってしまうし、
みるくさんは、こわいのか、かいぬしのそばを、はなれないし、
ほかのねこたちも、みんな、ばらばらになってどこかにいきました。

おおきな、はくせいの、きょうりゅうが、
くちを、ぱくぱく、あけるのを、ぼくが、みとれていると、
よこにいた、きゃらめるさんと、おゆきさんが、
なんだか、きんちょうしているみたいで、
おゆきさんが、「あたしゃ、かんしんしないね」と、つぶやくと、
きゃらめるさんも、「うん、みんなを、あつめとこう。
なにがおこるか、わからないぞ」といいました。
ぼくは、なんのことか、わからなかったけど、
そういえば、なんだか、へんに、ぞくぞくするようなきがしました。
しんだ、どうぶつやにんげんは、しゃしんとかじゃなく、
じつぶつをみて、おぼえている、いきものがいるかぎりは、
きえてしまったりはしません。
おぼえているひとが、だれもいなくなったら、
そのときは、ほんとうに、きえます。
そのまえに、なにかに、うまれかわったら、きえないで、
またあたらしい、いっしょうを、おくれるらしいんだけど。
かいぬしといっしょに、まちや、たてもののなかをあるくと、
ぼくたちみたいな、もうしんだ、いぬや、ねこや、とりが、
かいぬしだったひとに、ついていくのに、よく、あいます。
おたがい、とくに、あいさつはしないけどね。
このひは、ひとがすくなかったけど、
ついてきている、いぬや、ねこが、すこしはいました。
でも、なんだか、そういえば、みな、ふあんそうで、
そわそわと、かいぬしに、くっついているみたいでした。
「とにかく、みんなを、よんでこい。なんだか、へんだ」と、
きゃらめるさんは、もどってきた、あにゃんさんにいって、
ぼくも、いっしょに、みんなを、あつめました。
げんきに、むじゃきに、きょうりゅうの、ほねぐみのうえにのぼって、
あそんでいたやつもいたけれど、なんだか、ふあんそうに、
かべにくっついているものもいました。
ぼくたちは、みんなでかたまって、うごいている、はくせいを、
みあげながら、だまっていました。
「こいつら、なんびゃくねんも、なんまんねんも、まえに、
しんだんでしょう」と、だれかがいいました。
「もっとずっと、まえにしんだのさ」と、きゃらめるさんはいって、
「うまれかわりつづけたって、いままで、つながっているはずはないし、
うまれかわったあとで、まえのきおくが、のこってるかどうかは、
よくわからないんだからね」と、おゆきさんがいって、
「でも、ひょっとしたら、なにか、きおくを、ひきついでいるいきものが、
このへんに、いるような、きがするよ。
それをかんじて、この、ほねたちが、なにかをおもいだしているみたいだ」
と、あたりをみまわしました。
がらすのけーすのなかには、にんげんが、ほりだして、きれいにした、
きょうりゅうたちの、ほねのかけらも、ならべて、おいてありました。
そんなふうに、ねっしんに、かかわった、ひとたちの、ちからが、
なにかを、よみがえらせたのかもしれません。
きゃらめるさんは、くちをあけたり、にらんだりしている、
おおきな、はくせいを、みあげながら、
「こいつは、ただの、つくりものだが、あの、ほねのみほんたちは、
なんとなく、ぶっそうな、きがする。
まじで、いきもののめにはみえないが、そのへんで、
むかしのすがたで、よみがえるかもだぞ。
きをつけて、はなれるなよ」といいました。
ぼくたちは、それからは、みんなでかたまって、
ようじんしながら、かいぬしについて、あるきまわって、
いろんな、きょうりゅうの、ほねのみほんを、みました。
あかるいひかりにてらされて、どれもいやにいきいきして、
ときどき、ちょっとうごくようなきもしました。
こわいというんじゃなくて、でも、かわいそうでもなくて、
なにか、とおくから、こえがきこえるような、
なつかしいような、へんなきもちがしました。



もしかしたら、うまれかわり、うまれかわって、
ひきつがれてきた、ちすじのさいごは、ぼくなんじゃないかと、
ちょっとおもったぐらいです。
だったら、ぼくも、かいぬしがしぬまえに、
なにかに、うまれかわって、きょうりゅうのちを、
あとのじだいに、つたえなくちゃいけないのかなと、
じぶんでも、びっくりするようなことを、かんがえました。
わりと、ちいさなかいじょうで、きねんひんのうりばも、
こどもようの、しゃつや、ぬいぐるみがおおくて、
かいぬしは、なにもかわないで、あまりながくいないで、
たてものを、でました。
ゆうがた、ようじがあるらしくて、そのまま、いそいで、
くるまをとばして、かえるあいだに、
ぼくも、ゆめからさめたように、
ふつうのきもちになりました。
となりにいた、きゃらめるさんに、くちをおおきくあけて、
きょうりゅうのように、かみつくまねをしたら、
きゃらめるさんは、「おっ、やるか」と、おおよろこびで、
ぼくのあたまを、まえあしでおさえて、かみつきかえしました。
そういえば、かいじょうの、けーすのなかには、
じつぶつだいの、きょうりゅうの、おおきなつめもあったなあと、
きゃらめるさんの、まえあしで、あたまをおさえられながら、
ぼくは、かんがえていました。

そのよるは、ぼくたちはみんな、こうふんして、
きょうりゅうごっこをして、あそびました。
べっどのうえや、たなのうえを、とんだりはねたりして、
ごろごろ、ころがって、かさなりあって、さいこうでした。
きょうりゅうのうごくえいがをみたいなあと、
みんなで、はなしています。
かいぬしが、でぃーびーでぃーを、かりてこないかな。
