ぼやっと見てると聞いてると
ゆうべ夜中に外に出たら雨がけっこう降っていて、何ともうれしかった。被害を受けている地域のことを思うと手放しで喜んじゃいけないかもしれないけど、ほんとに何日ぶりだろう。でも夕方からはまた日が照って、しょうがないから、水まきもした。新しい夕顔がまたみごとにきれいに開いていて、大急ぎで写真を撮った。
そんなこんなであれこれ忙しく、ツイッターにもあげてるけど、統一協会と手を切れない内閣についてやら、あいかわらずのロシアのというかプーチンのしょうもなさやら、振り回されて、どーでもいいような話がなかなかゆっくりできないのがストレスだ。で、意地でも今夜はそういう話を(笑)。
私のテレビはアンテナにつないでないので、DVDしか見られない。よって食事時には海外ドラマをつまみにしている。今のところはずっと「ハワイファイヴオー」を見ている。何度も書くけど、タカ派のようでリベラルなようで、いろいろ面白い。
昨日見た回は「男の絆」という題で、以下完璧めちゃくちゃネタばれだが、銀行強盗の一味が逃げるときに事故を起こして、真珠湾爆撃を生き延びたアリゾナ号の生き残りの英雄で、九十二歳の老人を死なせてしまう。しかもこのじいさんは、失恋した孫娘を慰めてアイスを食べに連れて行ってた、とても立派な優しい人で、当然捜査する主人公たち、特に主役のスティーブは、祖父もアリゾナ号で戦死しているし、絶対に犯人を捕まえると決意している。
犯人は四人組で、調べると(証拠が足りないから逮捕にはいたらないが)彼らはかつてアフガニスタンで要人警護にあたっていたけど、地元民を殺してしまったりで、クビになった傭兵?のグループだった。しかも、更に調べると、彼らは死んだ仲間の奥さんと子どもを助けて、四人で父親がわりになって支えているだけではなく、奥さんが家のローンを払えなくて追い出されそうなので、そのお金を払うために銀行強盗でかせいでいるのだった。だから、ものすごく多額のお金は奪ってないし、自分らをクビにした軍への恨みから、軍の信用金庫しか襲ってない。
そのリーダーと話す機会があったスティーブは、事故で死んだのは国のために戦った英雄で、おまえたちにはその気持ちはわからないだろうと言う。したらば、犯人のリーダーは、次のように言う。
「その英雄の彼と、自分たちとの差は何か。真珠湾攻撃で死んだ英雄たちに対して、国は核で報復した。しかし、自分たちがアフガニスタンでタリバンの自爆テロにやられた時、軍はおれたちを取り調べた」
どうやら地元民を殺したというのも、仲間が死んだテロへの復讐で、軍はそれをもみ消そうとして自分たちをクビにしたのだとリーダーは言う。
結局、スティーブたちは証拠をつかんで彼らを全員逮捕し、というかその過程でグループは皆銃撃戦で死んでしまう。事件は解決するし、スティーブたちは軍にかけあって、奥さんが家を追い出されないよう、ローンの見直しとかをはからってもらう。真珠湾の生き残りだった英雄の葬儀が厳かに行われ、スティーブも心をこめて哀悼の念を捧げる。というわけでドラマは一応ハッピーエンドにはなるのだが。
作家の吉岡紋さんからいただいた「想い」というエッセイ集の中の、長崎で被爆したご主人の被爆体験記を読んだり、二つの原爆忌に関連していろんな記事を読んだりしたばかりなので、「核で報復」された国の市民たちが、どのような悲惨な最期を迎えたかをひしひしと感じている身としては、こういう流れの中で「核」が出てくると、実に複雑だ。
ちなみに、この話を紹介している記事の中には、この「核使用」を犯人のリーダーは批判的に語っているとしているのもあるのよね。でも、絶対の自信があるわけじゃないけど、私はこういう読み方は、日本では原爆投下は問答無用で悪とみなされているから、そういう解釈になってるのだろうが、ここでの文脈はやはり「真珠湾のころの政府は、しかるべき方法でちゃんと味方の仇をとってくれた。今の政府は味方よりも敵の方を気づかって、味方の犠牲者を見殺しにする。そこが許せない」ということだと思うし、その意味で政府の核使用を肯定してるんだと思うの。日本人にはがまんできなくても、米国での感覚はその程度だと思う。
「それが今は…」とリーダーが言いたいのは、アメリカと言えども敵地で市民を死なせたりしたら、自軍の兵士も容赦なく調査する人権やら何やらの意識が強まってきたために、そういう配慮がされるようになって、味方である自分たちの犠牲が軽視や無視やされるようになったということだ。
私は今のウクライナの状況を見たら、しょうがないからバイデン大統領もアメリカもそりゃ支持するけど、よくもまああれだけ世界各地で侵略や内政介入やっといてからに、民主主義の守り手みたいな顔してられるよなあとは思ってる。だいたい軍艦を爆撃された復讐に、市民の上に核爆弾落とすって、あんまり言い訳できる話じゃなかろうが。
でもまあ、とにかく世界はそれなりに進歩もして、アメリカも一応戦地での自軍の行動やら現地民の被害やらについては、昔のように大ざっぱではいられなくなり、ドラマのリーダーが怒るように、調査や処分をせざるを得なくなっているわけだ。
それはやっぱり、人類の勝利だし進歩だし、歓迎すべきことではある。しかし、それで使い捨てにされ、英雄にもなれなかった末端の兵士たちは浮かばれないだろう。
「戦争は汚いものだ」とリーダーは口にする。たしかに捕虜の保護だとか、戦争犯罪の告発とか、そもそも人殺しを肯定している戦争の中で、ルールやモラルを守ろうとするのは偽善だし中途半端だし、いずれは戦争そのものを廃止する過程での一時的な措置でしかない。
そして、真珠湾攻撃の生き残りの英雄たちへの讃美と共感をドラマの中で見ていると、こうやって「国のために戦った」人たちをなつかしみ、尊敬できる国民は幸せだし、それをめざして国の指導者も努力するのだろうなとも思う。ネトウヨだか右翼だか政府だか保守だかが望んでいるのは、日本でもこういう状況が生れることだろう。そのこと自体は私にも理解できるし共感もできる。でもそのためには、まず、正しい戦争をしなくてはいけないし、その前に、そもそも戦争をしないのが一番大切なことではある。
このドラマがハワイを舞台にしているのはだてではなくて、しばしばこうやって、歴史や世界について、え?と思うような語り口があることが、私には魅力の一つではある。