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また少しだけ

◎9日の講演の中身を。警戒区域で活動した医師小西先生の話です。

「この事故の前に政府が作っていた法律の基準では、今のような放射能の量の地域では、18歳未満の人は飲食をしてはいけないし、宿泊してもいけないことになっていた。しかし、もうその基準は守れなくて、そういう地域でも人々は普通に生活している。」

「政府がそういう地域を立入禁止にできないのは、福島のあたりは東北自動車道と新幹線があるからで、それが切断されると、東北方面への交通が遮断されてしまうからだ」

「自分も現地で除染作業に加わったが、今はやめている。これはあまりに危険な作業で、プロにまかせないと素人にできる作業ではない。ボランティアで参加する人も、除染作業はするべきでない」

「爆発の当時、たまたま風が海の方に吹いていた。その後の数日もそうで、二回ほど東京方面に風が吹いた以外は、だいたい海へ吹いていた。もし、そうでなく、風が陸地に向かって吹いていたら、今ごろ東京は人が住めなくなっていたかもしれない」

「原発の作業は大半が電力会社の人ではない、三次四次、六次七次の下請けの作業員がやっている。放射能のアラーム計など気にしていたら仕事ができないのが現状で、服につけた計測器がピーピー鳴っても放っておくことがよくあって、これを現場では『鳴き殺し』と言っている。また、身体からはずしてしまって、誰かにまとめて皆の分を持っておいてもらって(各自は持たないで)作業をすることもあって、これは『預け』と言っている。だから、年をとって仕事などできそうにない作業員にもちゃんと仕事があって、そういう人は、皆の計器を預かって、すみの方で待っているのが役割だ」

「福岡が玄海原発から離れているからいいということはない。飯館村の場合、あそこへ風が吹いた日にたまたま雨がふったから汚染された。遠くてもそういう条件が重なれば、まったく安全ではない」

などなどなどなどなどなど、聞いていると腹の立つことばかりでした。まだまだありますが、今日はここまで。

◎原発労働者の方の労働条件のことを考えても、こんなしくみの上に立って、イルミネーションを楽しんでもお茶をわかしてくつろいでも、幸せにはなれそうもない。

で、くりかえしますが、太陽光や風力発電は十分に現実性があるばかりか、電力の独占をなくし、過疎地の農山村を活気づける可能性も高いのです。

◎昨日だったか、新聞を見ていたら、「核のゴミ」の捨てどころをどうするか、どの党も言っていないと誰かが指摘していて、前にも書きましたが、かりにそうだとしても、私は「捨てどころがないから、さしあたり原発は中止する」というならわかりますが、「捨てどころがないから、中止できない」という理屈は、さかだちしても理解できないのですがね。

◎選挙の結果は、あまり期待できないどころか、ろくでもないことになる可能性も大ですが、それでも投票には行かないと、あとで何がどうなっても文句は言えませんからね。あとで考えたら、まちがった人に投票したのでも、投票に行かないよりは、はるかにあきらめがつくというものです。

ちなみに、昔見たテレビのドキュメントで、英国で婦人参政権を訴えていた女性が、競馬場で馬の前に身を投げて抗議の自殺をしたという話が紹介されていて、そのモノクロのざらついた、何が起こっているのかもよくわからない映像が今でも目に焼きついています。
選挙権は、そうやって必死の努力をした人々によって、かちとられて来たものだから、ムダにしたくはありません。

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カツジ猫