みつまたの木
皆さんお忙しそうですね。
今日、知り合いの方に貰って頂く箪笥を宅配便の方に荷造りして貰って居ましたら、植木屋さんが何かの木の枝を持っておいでになりました。表の塀に躑躅を植えて頂く様お願いして居たのですが、こちらの木の方が安いし丈夫だし良いのではないかと相談に来られたのです。
「春になったら黄色い花が一斉に咲いて綺麗だし」とおっしゃるので、そうする事にして、「それは何の木なの」と申しましたら、「みつまた」と教えて下さいました。和紙を作るのに使う、あのみつまただそうです。
今日は大学時代の友人と高校時代の友人が引き続いて訪ねて来て、賑やかな一日でした。高校時代の友人は昔良く家に遊びに来て居たので、古い母家の柱の一本一本も懐かしいと喜んでくれました。
でも本当はこの家は一度死んでいるのです。私が仕事で忙しく滅多に帰って来れない時期に祖父母も亡くなり母も老い、母家全体が窓ガラスも割れ、犬の糞が部屋の中に散乱して、台所の一角に母が住んでは居たものの、廃墟同然むしろ廃墟以下でした。
乾いて固くなった犬の糞がうず高く積るかつての自分の部屋の中で、その糞の上に母や祖母の上等の服や祖父母と幼い私が一緒に寝て居た頃の懐かしい模様の布団が散乱して居るのを見ながら、一つの時代が終わった事を否応なしに思い知らされたものでした。
それからほぼ十年になります。勤めの合間に時間を見つけ貯金を崩し文字通り死に物狂いで大工さんや庭師さんや、電気屋さん水道屋さん建具屋さんの協力を得て、家と庭を蘇らせ、昔の面影を残しながら新しい住まいを創り上げたのは奇跡の様に思えます。母を食い物にして居た様々な悪徳業者との係争も同時進行でした。その間に叔母が亡くなってその相続関係の仕事もありました。
永遠に終わらない様な気もしましたが、今は何とか一段落し、友人知人様々な方が別荘代わりに泊って下さる家になりました。
この家でかつて暮らした多くの人達、この家や庭そのものが力を貸してくれたとしか今は思えません。
古い友人達が「昔の侭だ」と言ってくれると自分の目指した方向も努力も間違って居なかった様だとほっとします。その一方で、昔の侭にする為には、放って置いてひとりでに過去が凍結され保存された訳ではなく、本当に命も心も削るような苦闘があって漸く過去が蘇って居るのだという事は誰も気づかないのだろうなあとも思います。目の前で私の仕事を見て来た母でさえ気付いて居ない様ですものね。(笑)いつの間にか家が綺麗になり、いつの間にか生活が快適になり、毎日が便利になり、それが誰の犠牲の上に成り立って居るかも全く考えて居ない様です。
別に不満はある訳ではなく、すべて嬉しい事なのですが。ただ、母も友人達もその他周囲の人達も、この長閑で穏やかな家と庭の画竜点睛として、苦労知らずで世間知らずでお嬢様の私が幸福に住んで居ると思って居たいのだろうと思うと、さすがにそこまでは付き合いきれないと密かに思います。
幸せそうな夫婦や家族が嘘ではないまでも幻想の様に、幸福な一人暮らしもある訳はありますまい。どちらも当事者は必死です。幸福に見える毎日や世界こそ狂気に近い努力で支えられているという事は興ざめでもあり、どなたも考えたくない事なのでしょうけれど。
今、庭と土手には水仙が花盛りです。