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クルクマもヒマワリも元気

あいかわらずの猛暑である。先日スーパーの回収場に出しそこねたダンボールと古紙の束を、今日ようやく放り出して来た。ひきつづき書庫から空のダンボールを引きずり出して玄関に投げ出し、ひもで縛ろうとしたけれど、蒸し風呂のような暑さに、もう限界と涼しい下の家に逃げ帰る。明日の朝にでも縛り上げるか。そろそろダンボールが減って来て、古紙の仕分けにかかれそうなのだが、まだまだなかなか。今朝は表庭の木々を刈り込み、少しだけ見た目をよくした。ベゴニアたちは元気に咲いてる。バラも盛りは過ぎたようだが、先日熱波の中を、どさくさまぎれに肥料を入れたからか、まだちらほらと元気に花をつけている。

例のうさんくさいコメントは、あまり見かけなくなったが、どこかでうごめいているのかしら。最近は「このしくみは、まともなものです」という弁解やら商品説明みたいな自己弁護ばっかりになってたから、ご苦労様なこったと思っていたのだが。

だいたいが私はもともと、このような、正体不明でお手軽で、客観的で中立っぽく無色っぽい内容のものは、政治的意見でも人生論でも学説でも趣味に合わないという以上に信用しない。事実の指摘や補充とか、えらそうに言ってるけど、それはどなたの言説も皆そうなので、自分のそれだけが、別物で特別枠だと思いこむこと自体が、事実というものが何なのかまるでわかってない証拠だ。

あちこちから拾い集めた情報をつなぎあわせて並べたりまとめたりしただけで、事実や真実がつかめるなんて、世の中をバカにしてないか。手抜きすぎるぞ。
 そもそもどんな見解や研究や論説でも、公平とか無色とか中立とかいうものは、ひとつもない。それがあたかもあるかのように装うことが、すでにもう、愚かすぎるか詐欺なのかのどっちかだ。

エアコンを入れっぱなしでいるせいか、買ってきた切り花は、クルクマもヒマワリも、まったく衰えないで、元気にしっかり咲いている。

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カツジ猫