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勝負どころ

庭のあちこちに、小さなきゃしゃなクモさんが巣をかけている。クモは嫌いなのだけれど、このクモたちは、あまりにもはかなげで、ほっそりかわいいので、なるべく巣をこわさないようにしてやっている。なのに、なぜか、あの小さい身体だから脳みそも大してないのかもしれないが、わざわざ、玄関に行く道の門柱の間とか、生ゴミ捨てのコンポストの蓋の上とか、どうやったって、壊すしかないところに巣をかけてくれる。困ったものだ。
そして、よく見ると小さい胴体にはだんだら縞があるようで、ひょっとしたら、育ったらあの縞模様の派手な女郎蜘蛛みたいなのになるのかしら、知らんけど。

玄関先の雑草の中ではイチゴが赤く熟れ出して、水まきのついでにつまんで食べているのだが、これまたダンゴムシがすぐかじるので、それと競争で早めに食べるから、時にはまだ半分しか赤くないのを食べてしまう。勝利の味か、それでもけっこうおいしいから、人間てのは浅ましい。

古い学術雑誌類を、引き取って下さる大学の講座に、山ほど運び込んで二階の本棚にようやく空き間ができて来た。ここに未整理の書類や紙をとりあえず突っこめば、当面しばらく片づいて仕事にかかれそうである。何か数回同じことを言っているようだが、ここ数日が勝負だって気もするので、明日は大学の研究会もサボって、家にこもって、一気に片をつけることにした。ということは、今夜は早く寝るようにしなければ。

二十万キロ超えて走っている私の愛車が、運転席の横の窓がうまく開閉できなくなった。修理工場に相談したら、部品を探してくれるそうだが、見つからなかったら買い換えるしかないようだ。お金がないのはともかくとして、ちゃんとつつがなく走っているものを、窓の不具合で廃車にするのも何となくしのびなくて、運転席の窓を開けないで使えないかと考え中だ。もちろん一番の問題は駐車場の出し入れだよな。ドアを開けて支払いをして何とかいけないものかしらん。

このところ大学でもカルチャーセンターでも、忠臣蔵の話をすることが多くて、吉良上野介が歌舞伎では高師直になってるのだが(「江戸の紀行文」の中でもちょっと書いたけど、中身はリンクできないのでごめんなさい)、長年みがきあげられた演出で、この師直の下らなさ、やりきれなさ、いやらしさがもう完膚なきまで寸分すきなく描き出されるようになっているのがすごい、ということを毎回話している。上司にもたてつく、部下にはえばりちらしてえこひいきする、女にはだらしなくてセクハラ、そのくせ臆病で意気地なし、欲の塊でおべっか使い、浅ましくていじましくて、とにかく上司や部下や同僚にこんなのがいたらたまらんという人間像が、これでもかというぐらい、行き届いて作り上げられている。

年配の人たちに酒のんでからみ、戦争する他ないとか国を危険にさらすようなことを無責任に口走り、その後わかったことによれば、女を買いたいと宿舎で騒ぎ、おっぱいおっぱいと叫んでいたという、元維新の丸山議員は、まったく行き届いてすべてに救いがない人間だと、師直像をふと思い出す。あまりにひどい人間というのは、いろいろ探すと案外いいとこもあるじゃんという部分が出て来たりするものだが、詳しく見れば見るほどに、ひどさがあらわになるというのも、なかなかできるようで、できるこっちゃないよね。

写真は私の二階の隠れ家の様子が、ちょっとうまく撮れたので(狭すぎて、なかなか全貌が収まらない)、見せびらかしちゃいますね。

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カツジ猫