夢の中の雨
今日もまた、やけつくような暑さ。冗談でなく、庭に出て足元がよろめいた時、あたりの何かにつかまろうにも、外壁も柵も室外機も焼けつくようになっていて、目玉焼きでも焼けそうだ。この分では昼間に庭に出る時は手袋が必要かも。マジで火傷してしまいそう。
それでも早朝は何とか普通の世界なので、ばたばたと草取りをする。ゴミ袋につっこんで燃えるゴミに出しまくろうかと思ったけど、思えば剪定ばさみでぶったぎった草を通路に投げ出しておけば、すぐに枯れて土になってしまうから、当面そうすることにしている。それにしても毎日一二度踏んで歩くだけで、通路の草がたちまち消えるというのもすごいっちゃあすごい。
雑草にもその年の特徴があって、今年は何だか蔓草類が生えまくって伸びまくってる。がまんできずに命がけで、昨日いや一昨日か奥庭の一角にはびこっていた、リュウキュウアサガオを切りまくった。それで死にそうになってベッドにのびて寝ていたら、そのまま夕方まで意識不明だった。
どこかで一度暗くなって雷が鳴ってるような気もしたが、このところずっと、毎朝テレビの天気予報が「九州北部はところによって雨が降るかも」と言い続けて、結局一滴も降らず、ほとほとえーかげんにせーやと思い、千葉の豪雨のニュースを見てはますます落ち込み、すっかりふきげんになっていたので、どうせまた、こけおどしだろうと腹を立てながら寝ていた。目が覚めると外は日がさんさんと照り、そーらやっぱりと内心でののしりながら外に出たら、あれれ? 土も木々もしっかり濡れてて、車の上にも水滴が。どうやら、そこそこ雨が降ってくれたのらしい。
その後毎日何とか生き延び、昨日今日の猛暑も一応今のところ無事。猫のカツジの命日も無事に迎えられたようで、ほっ。何てったって初命日は一回しかないからなあ。しかも、あと何回できるかわからないからなあ(笑)。
高市首相は「ゴキブリを殺すのも恐い」と言ってるそうで、ふたたびみたび、げんなりする。そんなくだらんことをまた、聞いたり記事にしないでほしい。
ちなみに私は共産党の機関紙の「しんぶん赤旗」をとっていて、連載漫画の「まんまる団地」は昔から大好きなのだが、唯一好きになれないのは、奥さんがゴキブリが出るとすぐに「きゃーっ!」と、おびえまくって逃げまくることで、まあ現実の作者の周囲がそうなのかもしれないが、とにかくそういう場面が出るたびに一日何となく、どよーんとする。まんまる団地の奥さんはまあしかたがないが、しなくてはならないことをひとつもやらず、しなくていいことをかたっぱしからやってる権力者が、何をしたくて言いたくて、そんな発言をするのか、めざしてるものがわからない。
もう、つっこみどころが多すぎて、首相の記事は見る気もしないが、最近では「私への信頼が」どうたらこうたら言ってたらしいとタイトルだけで見て、とっさに、この人やっぱりどっかおかしい、少なくとも私とは、それこそゴキブリほどにも意思疎通ができないと、とっさに感じた。
この人の他者から自分への「信頼」って、何なんだろう。「使える武器」としか感じてないように見えるのよ。感謝でもない、反省の材料でもない。「信頼されてます」との口実のもとで好きなことをし、敵を黙らせる、そういう道具でしかないんじゃないか。だから金も力も使って「信頼」を強奪する、詐取する、そのことしか頭にない。
「信頼」を求め、かちとることは、あくまで結果だ。それは批判と向き合い現実と直面し、反対意見に耳を傾け、誠実な努力を続けることでしか得られない。そのこと自体を目的として手練手管を弄することでは絶対にない。
そういうことがまったく理解できないんだろうな、この人の精神は。何かがもうどうしようもなく、逆立ちしている。おかげで、世の中全体のモラルや理屈もそれに似たかたちで、ゆがんで来ている。このひと自身は、現実を無視した仮想世界の中で生きてるようだが、それが通用するわけもなく、それでも現実をそれに合わせようとするのだから、つきあわされる方はたまったもんじゃない。
それにしても明日は少しは涼しくなるのだろうか。
この前からイタチか何かが掘っくりかえしていた玄関前の花は、ここ数日は何とか無事。
正体不明なのが、何だか気になる。恐いとか腹立つとかより、実物を見たい(笑)。
