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広島とアウシュビッツ

完全にすべてを見たわけではないようだが、サミットに参加した各国の指導者や要人が、原爆資料館の署名簿に記帳した文章の数々を、ラジオのニュースで聞くと、まあそれなりの印象は得たらしい。それらのことばが、長く彼らの中にとどまってくれることを祈るばかりだ。

昔々、高校のころ岩波新書で、開高健がアウシュビッツを訪問した際の見聞記を読んだ。彼がベトナム戦争に従軍してルポを書いたり、小田実たちと米軍の脱走兵を支援する「ベ平連」の活動をしたりする、まだかなり前である。今ネットで検索しても、この本に関する記事は見つからない。

ナチスドイツがガス室で殺した人たちのメガネや金歯の山や、何と排泄物まで何かに使えないかと工夫していた様子に「さすがに黒い笑い」をもらした、とか書いていた開高健は、すべてを見たあとの最後の感想で、「アウシュビッツを今回見たことで、自分の中にあった何かと決定的に別れをつげられたような気がする。見学を許可してくれた方々に心から感謝する」という意味のことを書いていた。本も今、手元にないし、すべて記憶で書いているから正確ではないが。

開高健の作品はエネルギッシュで面白かったが、特に社会的、政治的な作家ではなかったし、左翼とかいうわけでもなかった。彼個人は、さまざまな精神的な迷いや悩みに苦しむ繊細さも持っていた。けれど、彼は従軍やベ平連など、政治的な発言や行動をすることを、多分あのアウシュビッツでの一文を書いたあと、決してためらわなかったし、ひるまなかった。私と同じに、あの本と、その一文を読んだ母は、「あれから、あの人、何かを決心したんだろうね」と何度か言っていたことがある。

今回の原爆資料館は、それに似たものを各国首脳に残すことができるのだろうか。少しでも、そうであってほしい。

そして一方、朝日新聞、ここまで落ちたか。怒るとかより、泣けてくる。それでなくても頭に来てた私の神経を逆なでしようって意図しか考えられない記事やな。

朝のラジオで落合恵子さんが、柿の若葉の美しさについて話していた。わが家の柿の木も今が若葉の盛り。昔、田舎の家で飼ってたヤギが、この葉っぱを本当に好きで、よくちぎっては食べさせてやってたなあ。

この木は、まさにその田舎の柿の種を埋めておいたら育ったもの。そろそろ八年にはなりそうなんだが、実の一つぐらいならないかしらん。

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カツジ猫