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最高の誘惑。

◇「喜ぶ顔が見たかった」とよく言いますが、まったくこの誘惑にあらがうのは難しいと思います。若い男がぜいたくな恋人のためにダイヤを盗むとか、地味な中年女性が入れあげた男のために公金横領するとか、親が食べるものをがまんして子どもの晴れ着をこさえてやるとか(なんか、いっしょにしちゃいけないような例ですが)。


わがカツジ猫は、もとの飼い主から譲り受けたときは、「安いサバの缶詰めでも食べますから」と言われ、事実そうだったのですが、何がどうしてそうなったのか、私のおかずのおさしみを横取りするようになり(盗むような根性はないから私がおすそわけしてやるという意味ですが)、それも最初はヒラメとかタイとかだったのが、次第にアラになりタチウオになり、ついにカワハギに行きついたときから、もう他の魚には目もくれない、ばちあたりな猫と化しました。
もう、ユニセフの手紙で世界の飢餓の様子などを見たり、日本でも貧しい生活保護家庭の話を読んだりするたびに気がとがめてしかたがありません。    
      

やるのはやめようと何度か決意したのですが、何しろそこで、念願のカワハギをもらった時の喜ぶ顔を思うと、ついふらふらと魚売り場に行ってしまいます。
最近はカワハギがずっと売り場になくて、しょうがないから、シロサバフグやトラフグを買うこともありました。まったく許せないぜいたくです。ちなみに私のそれ以外の食生活は量も質も相当に切り詰めた貧しいもので、パックのニラレバ炒めを三度か四度に分けて食べるような毎日です。ゆがんでるとしか言いようがない。

やつは、フグは一応食べますが、「こんな味だったかなあ」という顔をしていて、いまひとつ、うれしそうではなく、もしかしたらさしみ自体に飽いたのかもしれないと思っていたら、今朝、半月ぶりぐらいにお魚売り場にカワハギのおさしみパックが、ずらーっと並んでいました。
さっそくいくつか買って帰って、小皿に何切れかわけてやると、皿に近づく前からのどがグルグルぐるぐる鳴りはじめ、食べているときの様子がどういうか、耳の先からしっぽの先まで、幸せが身体全体ににじみ出て、霧のようにあたりにもわーっと広がっていくような、毛穴のひとつひとつから満足感がしみ出してくるような、そういう表情、ボディランゲージを見せてくれやがりました。

ずっと以前に死んだ愛猫キャラメルも、抱かれるのがきらいだったから、私が無理に抱きしめると、顔をそむけて、ぶっとい前足を私の胸につっぱって、私は「おまえはまあ、そんな毛皮につつまれた顔のくせに、よくもまあ、それだけ表情豊かに、いやーな顔ができるねえ」と感心していたものでしたが、カツジもまあ、毛皮にくるまれているくせに、よくもあれだけ、顔と身体の全体で、「こ・う・ふ・く」と言えるものだと、ただただ感心する他ない。

人でも動物でも植物でもそうですが、幸福そうな顔を見る喜びというのは、一度味わったらもうだめですね。麻薬のようにクセになる。こうやって人は身を持ち崩し、破滅への道を歩むんでしょう。あーあ。
食事のあと、やつは満足と快感で、バタのようにとろけそうになって、ベッドの上で前足をなめていました。
私の方は、今からせっせと、たまった仕事を片づけなくちゃなりません。

◇ガラスの花瓶にさしたカンナがしおれて汚くなっていたので、どうしようかと思っていたら、知り合いからきれいなバラを三本もらいました。さっそく入れ替えて、古い方の家のキッチンの丸テーブルにおきました。このところ、オイルをたいていたのですが、やっぱり花はいいなあ。

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カツジ猫