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母と勤評闘争

フェイスブックの方で、私の母の思い出の話がいつも面白いと言っていただきました。それで、思い出した話がまたあるのですが、長くなるので、こちらで紹介します。

私が中学生の時に、勤務評定反対の闘争があって、先生方がストライキをする話になりました。そんなのは初めてのことで、学校では父兄(そのころは「保護者」じゃなかった)を集めて、先生方が事情を説明して、理解して下さいとお願いされました。いつもすごく厳しくて生徒に恐がられていた数学の先生が、涙ながらに訴えられたりもしたそうですが、父兄は皆とまどって反対して、「やっぱり先生たちがストをするというのは…」と、賛成や支持の声は一つも上がりませんでした。

多分PTAの会長さんか誰かの司会者が、当時のことだし、男性だけが発言していたので、ひととおり意見が出たところで、「ご婦人がたの意見はどうでしょうか、板坂さんどうでしょうか」と、母に聞いたそうです。

そうしたら母は言下に「ああ、私は先生方よりもっと激しい反対ですよ。こんな法律を決めるのなんてとんでもないことです。先生方が遠慮されているのが私は見ていてじれったくて、自分が先頭に立って旗を振り回したいぐらいですよ」と答えたそうで(笑)。

母は晩年には戦争反対やら何やらで共産党や社会党の人たちといっしょに、いろんな活動もしていましたが、そのころは、どこの政党とも組織とも何の関係もありませんでした。わが家には、右翼の大物もクリスチャンの牧師も共産党員も普通に出入りして、祖父とくっちゃべっていました。母は新聞や雑誌や本をよく読み、ミーハーで三浦洸一のファンで、野球好きでもあったけど、何かの思想信条の影響は特に受けておらず、そういう点ではまったく普通の主婦でした。

多分皆びっくりしたのか、特に反論もなく、司会者か誰かが「でも授業を一日休むというのはどうなんでしょうか」と言うと、母は「日本の教育が今後どうなろうかという大きな問題が決まるのに、一日ぐらい休むのが何ですか。何十年も百年も続く先のことをどうするかの方がよっぽど大切です」と言い返したそうです。

そもそも、その会に女性は母ともう一人、お寺の奥さんだけで、司会者がその人にも「どうですか」と聞いたら、その人も遠慮がちに「私の子どもも先生をしておりまして、ストライキをしなくてはならないという気持ちもわかります」とおっしゃったそうです。
 そこで司会者は「えー、それでは今日のこの会では、男性はストに反対、女性は賛成ということでまとめたいと思います」としめくくって、会議は無事に終わったんだって(笑)。

あらためて、さまざまなことを思わせる当時のニュース映像ですが、それはさておき、私の田舎の、ずっこけそうな、のんびりした会議で、しれっとこういうこと言ってのける母は、何と言ったらいいのやら。

なお、この場の話は、母自身が私に話してくれたもので、覚えている私も私かもしれない(笑)。歴史にも論文にも映像にも残らない、こんな話は、きっとあちこちにあったのでしょうね。

多分、その場が深刻にもならず、のどかに終わったのは、皆さん度肝を抜かれたのと、母の迫力と発言のぶっとびすぎと、今と同じにほとんどの参加者が、そんなに確信があったのではなく、何となく無難な多数の意見を述べておられたから、不意をつかれて特に反応されなかったのだと思います。

勤評闘争も日本の教育史の中では重要でしょうが、私にはそれ以上に何だか母の思い出のひとつとしてしか残っていません(笑)。

おまけに、母の写真など。

今朝は玄関前の鉢の中に、突然ぽかりと白バラが出現。淡いピンクもにじんでいるようで、その内ピンクになるのかもしれない。
 何より、これって、買ったり切ったりしたバラの残りを適当に挿しておいた内の一本で、そこそこの確率で、こうしてちゃんと育つのです。バラって案外たくましい。

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カツジ猫