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深夜の料理。

◇昨日えらそうに「本屋で本を買おう」と言ったわりには、コミック「聖お兄さん」の新刊(だいぶ前に出ていたのだろうが)二冊を買って、ほくほくしながら読んでる自分がちょっと情けない。あ、一応新書の「ハンナ・アーレント」とかも読んでますから(笑)。映画の女優さんも雰囲気あったけど、本物のアーレントを写真で見ると、どういうか、きれいっちゃあきれいなのだが、そういう評価を拒絶するほど、すごく精神的な顔をしている。見ていると、こっちが居ずまいをただしたくなる。

◇今日は、本田由紀さんという方の講演を聞いた。日本社会と教育についての話だった。ものすごくわかりやすくて面白くて充実していた。でも後半時間が足りなくなって、本田先生は壇上であせって、熱いトタン屋根の上の猫みたいに飛び跳ねておられる感じだった。講演の水準を別にすれば、自分を見ているようだった(笑)。

要点は、次のようなことだった。

日本経済は、戦後着実に成長したが、オイルショックで不安定になり、バブルがはじけて低迷期に入って、それが今でも続いている。
いわゆる団塊の世代は、中卒から大卒まで、安定した成長期に就職したから、社会の需要もあって、企業と相互によい関係だった。しかし、団塊ジュニアの世代は高卒まではぎりぎりよかったが、大卒ではもうその時代が終わっていた。


団塊の世代も50代以降は、賃金が高くて会社の上の方にいるという、企業にとっても歓迎できない存在になっていた。雇用が少し改善したのは、団塊の世代が停年になったからで、景気がよくなったわけではない。


成長期の図式は、政府が仕事を作り、夫が働いて金を家に持ち帰り、妻が子どもにその金を使って教育を受けさせ、その子が会社に入って働くという循環がうまく行っていた。しかし、これにも問題はあったし、今ではこの図式は崩壊し、再生の見込みはない。


これに代わる新しい図式は、会社と家庭と教育が一方通行ではなく、相互に与え合うという新しい循環を築かなくてはならない。そして政府は、落ちこぼれた弱者を救済し、再び社会で働けるようにすることをきちんとしなければならない。


日本の教育は、昔から「学力」という巨大な柱で貫かれていた。それで皆がランク付けされた。これではいけないと、少し前から「人間力」という柱を作ったが、これもまた、「人に好かれる」「まわりとうまくやれる」という基準のランク付けを作っただけで、今はこの二本の柱が教育をつらぬいて、皆を序列化している。


今の日本社会で非常に特徴的なのは、「個人の能力は自分の責任」といった考え方が定着していることで、すぐれた者は、自分のそれは自分の力で勝ち取ったものだから誰にも譲る必要はないと傲慢になり、すぐれていない者は自分の責任と思って落ち込んで引きこもって、時には自殺までしかねない。


本当は、この二本の柱は立てるのではなく、横に寝かせることを目指すべきだ。そして、皆を平面にすべきだが、それも均一ののっぺらぼうではなく、刻みのついた平面になるようにすべきだ。


小中高から大学まで日本の教育の特徴は、何のために学ぶのか、勉強が何の役に立つのか、わかっている者が少ないことにある。その点では普通科高校ではない専門学校、あるいは専門教育をもっと増やすべきだ。

…と、全部記憶で書いてるので、まちがってるかもしれませんが、記憶で書けるほどお話がわかりやすかったのです。最後の専門教育の話については、ちょっと疑問もあったので、もっと詳しく聞きたかったのですが、時間がなくてそれどころではなかった。本を買おうと思ってロビーに行ったら、もう売り切れてました。またどっかで買おう。

◇そこの会場で、昔の同僚の何人かと久しぶりに会いました。中の一人は、最近物忘れがひどいので、病院の「ものわすれ外来」に行ってみたそうです。異常はなかったようですが、まあおたがいに、そういう年齢なのですね(笑)。

もう一人は、大学の教員ですが、学生といっしょに辺野古に行ったそうです。そして大学としても、戦争法案の強行採決に抗議したとか。うらやましいというか、たのもしいというか。

◇帰って、母のところに行って、テレビで動物の番組をいっしょに見ました。ヘルパーさんたちの話によると、母は食堂から帰るとき、いつも歌を歌っていて、「デイサービスで歌うときも皆をリードして下さるので助かります」ということでした。ほんとかなあ。
「この前、『雪山讃歌』を皆で歌ったら、板坂さんがいきなり英語で歌われたので、皆おおっとのけぞりました」とも言われたけど、そんなの私も聞いたことない。あとで、ベッドの母に「あんた『雪山讃歌』の英語バージョンなんか知ってるの」と言ったら、ふふんと鼻で笑って、何かぶつぶつ歌ってましたが、私一人が相手では、あまり乗らないようでした。

数日前、スーパーで、開きかけのピンクのユリが一本150円で売ってあったのを、だめもとで三本買って来たら、立派に開いて、いい香りをさせています。カツジ猫があいかわらず、よその猫が気になるのか、外の庭に出て相手をしてくれないので、さっきから料理を作りまくって、冷蔵庫の肉を全部片づけてしまったところで、ピーマンとニガウリがまだ残っていたのに気づきました。牛肉と炒めるつもりだったのに、肉を全部鍋で煮てしまったやんね。まあまた何か考えよう。

◇大阪の知事と市長のダブル選挙は維新の会がどうだこうだで、ややこしいですが、要するに橋下政治と訣別するかどうかの選択だと思えば、もう私にはそれ以外の基準は必要ありません。首相と同様、この方も、ことばの尊厳を抹殺した人だという他ありません。とにかくこの方が政治の世界から消えるとおっしゃった、その約束を守って下さることを願うし、それを守られないのだったら、消えていただけるように、こちらがするしかないと思っています。アベ政治もそうですが、こういう方に退いていただいてから、いろんな意見のちがいについては、きちんと議論すればいい。そのくらい、お話にならない存在です。まあ、ふつうに、そのへんにおられる分にはかまわないですが、責任ある立場や、人の上に立つのだけは、やっちゃだめだよ
、こういう人たちは。

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カツジ猫