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熊も蚊も

あいかわらず涼しくて、ようやく息ができるような気がする。私が木の枝を刈り込むのをサボって、安物の花ばかり適当に植えるものだから、気がついたら庭は何だか花だらけになっている。しかし雑草と生い茂った木のおかげで、ちっとも美しくないのが困る。日曜は雨らしいから、明日は草取りでもするか。まあその前に家の中でも片づけるか。いろんな仕事が散乱して、何ともひどいことになっている。

秋田県の捕獲された熊は「駆除」されるとニュースにあったので、どうなるのかなと思っていたが、やっぱり親子三匹殺処分されたのか。それで、県外から猛抗議の声が起こり、現地では「熊の恐ろしさを知らない」と、これまた強い反発が起こっているそうだ。どちらもいやというほど理解できるだけに、複雑で悲しい。

しょうもないことだが、庭仕事をして家に入るときに、どうかすると蚊がついて入って来ることがある。「いかん、二匹入った」などと、「七人の侍」の勘兵衛のせりふを思わず口にしてみたりするが、この一匹か二匹が一晩中どこかにあらわれて、蚊取り線香をたいてやろうかどうしようかと迷っている内、寝てしまって、刺されているかどうかわからない。それならまだしも、ときどき、車について入って来て、運転中に目の前や身体の回りを飛び回り、うっかりたたきたくなって、これで事故を起こしたらあまりにつまらん死に方だと思ってしまう。ときどき車をとめて、窓を開けて追い出したりすることもある。

つくづく、戸外にいればいいものを、何で家や車に入って来て、エサもない場所で死ぬんだと、その愚かさと不運にものすごく、いらだつ。民家に入って来る熊にも似たようなやりきれなさを感じる私は変なのだろうか。

「シートン動物記」で、あれだけ野生動物の気持ちをせつせつと描いたシートンは、その一方で、ひたすらな動物愛護を訴える婦人たちには、毛皮の服を着て肉を食べていて、動物に同情するのはおかしいと批判的な対応をしていたそうだ。今回の熊がかわいそうと怒る人たちにも彼は多分そう言うだろう。

その一方で、動物関係の本で、絶滅種の保護とかそういう運動の基本となるのは、結局、甘っちょろいように見える「かわいそう!」という思いなのだという指摘も読んだことがある。それもたしかにそうだろう。

とにもかくにも、蚊も熊も必要以上に苦しめなくていいような、何かいい方法を考え続けたいし、見つけたい。それも、人間としての義務だろう。

今日は車のスペアキーを注文しに行き、手紙を一つ書いた程度で、一日が終わってしまった。どうもペースが遅すぎるぞ自分。もっと、てきぱき動かなければ。

写真は、この家が建った十三年前にお祝いにいただいたシクラメンの鉢。ときどき葉っぱもすべて枯れてしまったように見えるのですが、その内にまた静かに復活して、恐ろしいことに、今も変わらず花が咲き続けているのです! 鉢の底はもう割れてしまって水がもれるので、卵の入っていたケースの中に入れています。きれいな鉢に植え替えたら、何かが変わって枯れてしまいそうで、恐くて、そのままにしています。肥料も何もやっていないし、窓辺において水をやっているだけなのに、何がいったいいいんでしょうか。

 

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カツジ猫