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若冲展やらホタルやら

恐竜展を見てからというもの、そんなに別に好きでもなかった「ジュラシック・パーク」シリーズの映画を妙に一気見したくなるわ、今日は今日とて、そろそろ終了の若冲展を見に九州博物館に出かけたら、まあ展示されてる絵画や器や装飾品も、地味なような派手なような、ふしぎな感じで面白かったんだけど、一階の売店でそれとは別の変なグッズがあったのを突然買いたくなるわ、経済的にも時間的にも、そんなことしてる場合じゃないのに、困ってる(笑)。明日は庭の手入れもしたいし、ホタルも見に行きたいし、この前テレビでちょっと見たナスの肉巻きも作って見たいし、ほんともう、どうすりゃいいねん。

若冲展は写真撮影禁止で、かえってのんびり見られてよかった。写真は、これだけが撮影許可になってた分。ニワトリが好きだったとのことで、いろんな絵が多かった。でも、完全な写生というより、何だかちょっと人間っぽいのだよね、どのニワトリも(笑)。でも、じっと見ていたら、もともとニワトリがそうなのかしらという気もして来るし(笑)。

プロ野球の交流戦は、今日もパ・リーグが強かった。ホークスだけがヤクルトに負けて、しかも周東選手が足に死球を受けて途中退場した。俊足で有名だから、相手投手はわざと足にぶつけたんじゃないかと怒っている人も多い。ヤクルトはいつもそうだとホークスファン以外の人も言っていたりする。まあ、彼は足が長くてスタイルがよくて、身体のほとんどが足じゃないかとまで言われたりしていたから、足以外の場所にあたりにくいのかもとか、とても罰当たりなことを考えたりする。とにもかくにも大したことがなければいいが。

その代わりにセンターに入ったのが牧原選手で、ユーティリティーとして役に立ちすぎるけど、いくら何でも使い倒しすぎるんじゃないかと、これまたファンが心配している。それでちゃんと成果を出すから立派だ。先日は決勝打を打ってヒーローインタビューにも出て、「慶応三兄弟(慶応大学出身の柳町、正木、廣瀬の三選手)には負けたくない」とくり返すものだから、ファンサイトで笑いを誘っていた。

でもこれ、たしか、以前に周東選手もテレビの番組で、「一番負けたくない選手は」と聞かれて「柳町選手。慶応だから。田舎者としては負けたくない」と答えて皆を笑わせていたのだよね。周東選手の発言はネタっぽいが、牧原選手の方はちょっとマジっぽい(笑)。いずれにせよ、そんなことを言いつつ、仲はいいようで、前に何かで周東選手が柳町選手について、「いっしょに食事に行こうとなって、(柳町選手が)店をさがしときますと言って、結局さがして来ないままで(夜遅くまで開いてる店が少ないのもあるらしい)、二人で並んでラーメン食べたりしている」と話していた。そういう話に象徴される柳町選手の人柄が誠に好もしくもある(笑)。

ついでに、おまけに言うと柳田選手も、取材に来た若手のスタッフの一人が九大(旧帝大)出身と聞いて「わー」とのけぞり、「もうインタビューやめよう」と騒いでいた。それもまた、微笑ましかった。あの柳田だから余計にそうだったかもしれないが。

他のチームのことは知らないが、こういう学歴コンプレックスみたいな微妙な問題を、あっけらかんと言い合えるのも、実力でぶつかりあってる集団の涼やかさなのかもしれない。ひとつまちがえば、えらいことになりかねないのを、ちゃんとバランスを保ちセーブもしているのは、いろんな立場で、それを築いて育てて来た、志の高い選手たちがいたからだろうか。

まあしかし、まだ女性の野球ファンなどほぼいなかった時代に六大学野球に夢中になって、縁もゆかりもない慶応大学の熱烈なファンだった私の母(大正七年生まれ)が、今の状況を見たら、さぞかしホークスの応援に熱中していただろうな。ちなみに叔父(母の弟)は、これまた縁もゆかりもない早稲田大学を応援していて、二人で盛り上がっていたらしい。早慶戦で慶応が勝った日は、母は門柱の横の木に登って、帰宅する叔父に向かって「元ちゃん元ちゃん、慶応勝ったよ」と遠くから叫んで教えていたそうだ。叔父(板坂元)はくやしがって、「〇〇投手はどうだった、✕✕選手は打たなかったか」とか聞き、母は「あー、もう◯◯も✕✕も話にならなかった」とか教えて勝ち誇っていたらしい。

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カツジ猫