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金か時間かどっちかはほしい

ゆきうさぎさん

お墓が無事完成してよかったですね。
私の方は、墓碑の文字の配置で、担当の若い方を悩ませています。
文字の大きさやら、位置やら、何しろ墓ですから作ったが最後、半永久的におしまいなので、妥協できない。
文字を小さくとか大きくとか、上にあげて下にさげてとか、ファックスが来るたび、電話で修正のお願いをしています。

担当の若い方は、それはもうがまんづよく、きちんと要望を聞き入れてくださって、本を書く時にあとがきで編集者への感謝を入れるように、墓のどっかに名前を刻んであげたいぐらいですが、絶対にきっといやがられるだろうなあ。(笑)

昨日、年金額の通知がきました。あまりの少なさに驚くより嘆くより先に、笑ってしまいました。つとめていたときの給料の三分の一にもなりません。まあ、研究以外はそうしたいこともあるわけではなし、これでやっていけないことはないと思うしかないですが、何かあったらもう本当に、サラ金にでもかけこむしかないですね。
そんな中で墓作って生前葬しようとしている私も大胆ですよ。いやまあ、考えてみれば、実際の葬式よりは格段に安上がりなわけですから、これもひとつの節約かもしれない。

とにかく、ひと月に最低いくらで生きられるのかを、ちょっと計算してみないと。

再就職して金をかせぐ道をえらばず、貧しくても時間がたっぷりある生活を選んだのですから、しかたがありませんが、問題は、私が怒っているのは、さっぱりヒマになんかならないことです。
自分のこともありますが、それ以上にそれ以外に、わさわさ何やかや仕事が押しよせる。ダブルブッキングどころかトリプルブッキングになりそうなのがしょっちゅうで、毎日その間をかいくぐって時間をやりくりして、人に会い、メールを出し、書類を書き、原稿を書き、家をかたづけ、猫の世話をし、のんびりぼうっとなんて、まったくできない。

理不尽ですけど、金はらって(つまり再就職しないで)買った自分の貴重な時間を、いいように他人に使いまくられているという気がしないでもない。

退職したら退屈するとか精神的におかしくなるとか聞くたびに、私は絶対そんなことない、時間がどれだけあったって使いつくしてみせますと言っていたけど、そもそもまだ、その時間とやらが余暇とやらが余生とやらが、私の手には入ってないのよ。年金が安いのもだが、どっちかというと、こっちの方がショックだわ。

給料もらって経済的に少しは余裕があるときは、時間のなさを金でカバーできていた。タクシー使うとか、気晴らしに外食するとか、手洗いしないでクリーニング出すとか、庭の手入れを業者にたのむとか。そういう、ささやかなぜいたくができなくなるけど、その分、今度は時間だけはあるから、ゆっくり自分で洗濯も庭の手入れも食事作りもできると思って、それはまた楽しかろうと、だいたいそういう予測をしていた。

それがだねっ、時間はやっぱり、いろんなことにとられまくって、しかも今度は金もないのだわ。ちょっともう、どうしてくれよう。

学生や友人と会うのも、いろんな催しに行くのも、これからは時間だけは気にしないでゆったりできると思っていたのに、就職していたときとまるで同じだ。「いつでもいいよ~」「行けますよ~」が、まるで言えない。一回もまだ言えない。ときどき、ひょっとしたら就職してたときの方がヒマだったような気さえする。もちろんそれは気のせいで、あんな生活あともう二年もつづいたら、身体こわして死んでただろうが。

まあちょっといろいろ、何がいけないかを整理してみよう。

そりゃそうと、黒猫バギイはいっこうにめげずに、ひたすら鳴きつづけ、とうとう昨夜また、首根っこをつかんで庭に放り出しました。今は庭でエサをやっています。当分は完全外猫にして家に入れないで飼います。その方がおたがいに幸せだろう。
その内、新しい格子戸ができてきたら、シナモンともども、また出入り自由にさせてやろうと思っています。おっと、そのお金もいるんだった。

シナモンはひとりになって、私が寝室に入れてやったので喜んで、私にくっついて寝ています。猫をなでながら寝るというのは、いいですね~。丸い頭がことっと落っこちるようにくっついてくる瞬間なぞは、もうなにものにも代えがたい。(笑)

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カツジ猫