映画「グラディエーター」小説編コモ君の厭味
目次
- コモ君の厭味 -コモドゥスとルッシラー
- 「悲劇の引き金」
- 「少年の一言」
- 「スペイン訛り」
- 「コモ君の厭味(その1)失踪編」
- 「コモ君の厭味(その2)沈黙編」
- 「コモ君の厭味(その3)時には幸せ編」
- 「コモ君の厭味(その4)未来を語る編」
- 「コモ君の厭味(その5)星空編」
- 「コモ君の厭味(その6)剣闘士編」
- 「コモ君の厭味(その7)夕陽編」
- 「コモ君の厭味(その8)負け惜しみ編」
- 「コモ君の厭味(その9)パピルス編
- 「コモ君の厭味(その10)本当の父親編」
- 「コモ君の厭味(その11)薬草編」
- 「コモ君の厭味(その12)母の思い出編」
- 「コモ君の厭味(おまけ)皇帝になったら編」
- 「ルッシラの生き方(マキシマスとルッシラ)」
- 「二人の訣別(マキシマスとルッシラ)」
- 「十年後?(ルシアス・ヴァレス)」
- 「その後のルッシラ」
- 「自分で解説も何ですが…」
- 「戴冠式の夜(ルッシラとカルミオン)」
コモ君の厭味 -コモドゥスとルッシラー
ルッシラとマキシマスの恋には、コモドゥスが彼自身も気づかずに深く関わってしまっている、というのが私の解釈。幼いコモドゥスは、姉もマキシマスも大好きで、二人のどちらも独占したくて困ってしまいます。ルッシラは弟を見くびっていて、あまり反応してくれないので、いきおい彼はマキシマスに厭味を言うことが多くなります。
それは、ごらんの通り、彼の幼稚さと愚かさを暴露する以外の何物でもないけれど、同時に彼の淋しさや哀れさをまざまざと見せてしまうため、マキシマスは彼を憎むことができません。
そんな日々を、ほとんど会話だけでつづったスケッチ集です。あとの方では、成長したルッシラや、彼女とマキシマスとの別れの場面も登場します。
「悲劇の引き金」
トマス・H・クックという人のミステリで、時々「少年の一言」が悲劇の引き金になるという設定があって、それは嫉妬のための悪意ある一言の時も、善意ゆえのおせっかいの一言の時もあるんだけど、私がこの(映画のラストまで続く)長い悲劇の引き金になると思っているのも、コモ君の言葉なんですよね。それも、彼には丸っきり悪意はなかったとする方が私は好きなんですけど。
00/08/28(月) 12:57
「少年の一言」
たとえば、二人の破局につながる、マキシマスとコモ君の会話、もうちょい詳しくすると、「姉上のこと好きだったんだろう?」「もちろんです」「そういう意味じゃないよ。愛していたんだろう?」「そんな恐れ多いことは・・」「だって、あんなに抱き合ったり、キスもして、すごく楽しそうに!」「それは、私の立場では・・(だんだん視線がコモドゥスから、それて行ってる)」「君の立場では、何だよ?」「喜んでいただけることや、望んでおられることは何であれ、いたしますから」「自分が望まなくってもかい?」「(目をそらしたまま笑って)それは問題ではないんですよ」「自分がいやでも、合わせて、楽しそうにするのか、いつも?」(コモの声の調子が変なのでマキシマスは相手の顔を見、ものすごく淋しそうなコモの顔に、はっと気づいて、しまったと思い)「あ、・・殿下にはちがいますよ」。
コモはバカだから(このフレーズを私、何回使ったことやら)、「マキシマスは、姉上には合わせてるだけだけど、僕にはそうじゃないんだ。勝った!」と、天に上るほど幸せになって、何を聞きただしていたかも忘れてルンルン気分で帰ってしまう。結局、自分のことしか考えない奴ですからね、こいつは。マキシマスはそれで一応ほっとするんですけど。
その夜あたり、華やかな宴会から帰って、誰が素敵の誰がいいのと侍女に陽気にしゃべっている姉に、コモドゥスは聞きます。「ねえ、マキシマスは?」(ルッシラ、心臓が飛び出しそうなほどドキッとしながら、高飛車に)「誰ですって?」「百人隊長している、あの・・」「知ってるわよ!(彼の名を聞くのも恐いので、耳飾りなど外しながら荒々しく)何よ、あんなデクノボウ!」(って、私の登場人物はどうも柄が悪い。コモドゥスは義憤を感じて、それと、ずっと自慢したかったことなので・・この二つがドッキングするところも彼なんですが)「ふーん、そうか、ま、その方がいいのかもな」「何がいいの?(ビリビリ)」「マキシマスだって言ってたしさ」「何を?(カリカリ)」「姉上といろんなことしてたのは、臣下だから合わせてただけだって。でもね、僕とはそうじゃなくて、本当の友達・・」(ルッシラ、弟の言葉の後半はもうまったく聞いていない。耳飾りを放り出し、血相変えて向き直る。)
これは、コモ君に一番好意的に描いた場合の解釈です。でも書いてみると、そうでもないかな。(笑)
00/08/28(月) 14:28
「スペイン訛り」
またバカな場面をひとつ。マキシマス少年がコモ君を、町の近くの岩山に連れて行った時のこと。「姉上とも、よく来るのか?」(と、ちらっと嫉妬を感じて聞くコモにマキシマス) 「いえ、おつれしたことありません。女の人はここはちょっと・・」「何で?」(と草の上に座りながら聞くコモ君の周囲をさりげなくチェックして、そばに座りながらマキシマス)「眺めはいいんですが、蛇が多いんですよ」(コモ君、固まる。実は姉以上に蛇は苦手)「蛇?」「平気でしょう?」「ああ、うん」「軍隊じゃ貴重な食料なんです」「蛇が?」「補給が絶えたら、蛇やトカゲや蛙も食べないといけませんから」「食べたのか?」「訓練では。(コモのびびってる様子に気はついているが、からかいたくなって)蛇はおいしいんですよ。首をはねて、こう、皮をはぐと・・」「姉上にそんな話したら、いっぺんで嫌われるぞ」「しませんよ」「そうかなあ?マキシマスは私には何でも話す、って姉上はいつも言ってるぞ」(ちょこちょこ、こういう探りを入れて来る子なんです。)「聞かれたことには何でもお答え申し上げているだけです」(コモ君、それで少し落ち着いて景色をながめながら)「本当に見晴らしがいいな。君の居たスペインはあっち?」「ここからはとても見えません。私の出身地をご存知なんですか?」「訛りでわかるよ。姉上がよく真似してるよ」「(笑いながら)それは多分本当のスペイン訛りじゃありませんね。これでもかなり直してるんですから」「じゃ、本当のスペイン訛りって、どんなんだい?」「え?(と笑いながら、あっさり)シペインじゃあ、あんめは、おんもに、シロ野に降る・・・」(コモ君、蛇のことも忘れて草の中にあおむけに倒れ、笑いすぎて息ができなくなる。)
こんな、くだらない場面なら、いくらでも続くんですが。それにしても、こんなコモがどうしてあんな悪人に?と言われそうですが、私は彼の本質って(ネロやカリギュラなどの歴代暴君の本質も)「せいぜい、こんなもん」に見えてしょうがない。マキシマスを処刑するのだって、父を殺したのと同じノリの「僕を大事にしてくれてると信じてたのにー!意地悪ー!」と言う、駄々っ子の甘えでしょう。
でも、多分、こういう奴の方が恐いんですよね。よく「悪魔より、善魔の方が困る」って言うけど、それと同じことで。
00/08/29(火) 15:29
「コモ君の厭味(その1)失踪編」
「じゅうばこ版・二人の過去」で、幼いコモ君が二人に嫉妬して何かと厭味をする場面です。
(マキシマスとルッシラ、森からかけだして来る。)「いないわね」「おかしいなあ」(今にも雨が降りそうに暗くなっている川のほとり。二人、あたりを見回し、うろうろする。)「最後に見たのは、いつでした?」「覚えてないわ」「あの、楡の木の下では後ろについてきておられましたよね?」「私たちがキスしてた時?」「(ちょっとイライラして)その前です!」「わからないわ。あの子、ずっと黙ったままだったし」(マキシマス、川に近づき、逆巻いて流れる水の左右に目を走らせる。ルッシラ、青くなって)「落ちたと思う?」「いや。でも…(確信が持てない。)岸の草には、そんな跡もないし…」(雨が落ちて来る。二人、岸の大木の下に身を寄せる。ルッシラが腕を回して来るのをマキシマスは制して、それとなくあたりを見る。)「どうしたの?」「見ているかもしれない」「誰が?…あの子?だって…なぜ、そんなこと?」(マキシマス、答えず、木の上を見上げる。ルッシラ、半信半疑で)「この上に?まさか!」(マキシマス、黙って幹に手をかけ、登り始める。最初の大枝の根元で眠っていたコモ君を発見。ルッシラ、下から)「いたの?」「ええ…寝ておいでです」「何ですって?」「待ちくたびれたんですよ、隠れてて」「(怒って)こちらに蹴り落としてちょうだい!」(マキシマス、安心のあまり力が抜けて、コモ君のそばに座り込んで枝によりかかってしまう。ルッシラもどっと疲れが出て、ふらふら木の下に座り込む。コモ君は口を開けて眠りこけている。茂りあった枝の下では濡れる心配はないが、一段と激しくなった雨の音が三人を包む。)
あーあ、結局かわいくなっちゃうんだよなあ…。でも、こんな厭味がだんだんエスカレートして行くんです。
00/09/04(月) 02:45
「コモ君の厭味(その2)沈黙編」
(ルッシラ、楽しそうに話している。)「でね、私言ってやったの。まあ、グラックスおじさま、それって変ですわ…って」(マキシマス、微笑して聞いているが、黙りこくって話に全然加わらないコモ君のことも気にしている。)「(彼の手を取って指をからめながら)二人ともわかる?私が何をおかしいと思ったか?」「(さりげなく指をほどこうとしながら)女は秘密を守れない、という理由についてですか?」「そう!女がしゃべったために失敗した計画は数知れない、だから女には何も話せない…って。それって論理的におかしくなくて?ねえ、コモドゥス?」「(ぶすっとして)別に」「マキシマスは?」「そうですね…」(哲学論は嫌いじゃないので、ついコモ君のことを忘れ、握られた手もそのままにして考え込む。ルッシラ、わくわくと彼の顔を見つめて)「ひどい、とかそんな感情論じゃなくてよ」「わかっています」「つまり…」「待って。考えてるんです」「ええ、ええ、考えてよ!」「だから、女の人が秘密を守り通した場合、それは誰にも知られないわけだから…」「そうなの!」「女の人が秘密を守った、信用できる例っていうのは、どんなにたくさんあったって残らないのが当然で…この問題を例の数で判断することは、論理的に矛盾する…のかな?」「(うれしさの余り、声をあげて)そうでしょう!?誰でもわかることだわよねえ!?」「(微笑して)で、グラックスさまは何と?」「恐いお嬢さまだ、って。言ってやったわ。そんなこともわからないあなたが、元老院議員やってることの方が信じられない、って!」(二人、声を上げて笑う。コモ君が氷のような目で二人の手を見たのに気づいて、あわてて振りほどこうとしたマキシマスの身体の動きをルッシラが勘違いし、彼の首に腕を回してキスする。マキシマスは困りきってコモ君を見つめ、コモ君はそっぽを向いて黒雲のように陰気に宙をにらんでいる。)
うーん、やっぱり、恐いというより笑えてしまうかも。今度はもっと恐くするぞ。
00/09/04(月) 03:26
「コモ君の厭味(その3)時には幸せ編」
(ルッシラ、笑いながらコモドゥスの髪をくしゃくしゃにして)「あなたが、お母さまのことを覚えているはずないわ。まだ小さかったのに」「覚えているさ」(と、不機嫌そうに答えるが、姉の膝によりかかっているので今日はほんとは機嫌がいい。ちなみに、とてもけなげな私のマキシマス君は、このごろは気をつかって、三人でいる時は必ずコモドゥスをはさんで座り、ルッシラとはくっつかないよう気をつけている。その分、二人きりの時の親密度が増してるって話もありますが。)「あらそう!?じゃ言ってごらんなさいな。どんなことを覚えているの?」「寝る時にいつもランプを持ってきてくれて、枕元においてくれてさ」「銀のランプ?鳥と葡萄の葉が透かし彫りになったのじゃない?」「うん、多分ね」「それは私よ」「え?」「だから、それは私なの!あなたが暗いのがいやだって、いつも駄々をこねるから、乳母たちに内緒で私がこっそり、あかりを持って行ってあげてたんだわ。それ、もう、お母さまが死んだずっと後よ」(コモドゥス、逆さに自分の顔を覗き込んでいる姉の笑顔を見上げて真剣に首を振り)「姉上じゃないよ、目の色が違う」「私の目、昔はもっと灰色だったわ」「背も高かったし」「あなたが小さかっただけ!」(コモ君、だんだん自信がなくなって、あいまいな表情になり、手にしていた草笛を吹くが、うまく鳴らないので黙ってマキシマスに渡す。何も言わずに受けとって直し始めた彼を見ながら、ひとり言のように)「あれは母上だよ」「(いたずらっぽく笑って)ふうん、そう思ってればいいわ!」(マキシマス、直した草笛を渡しながら)「鳴らなかったら、また作ります」(コモドゥス、少し吹いて見て)「覚えてる一番昔のことって何だい、マキシマス?」「何でしょう?食事の時に、兄弟たちに好きなものを先に食べられてばかりでくやしかったことかな。身体が小さいと負けるんですよ」「小さかったのかい?」「六人兄弟の末っ子なんです」「いいじゃないか。姉よりは兄の方がずっとましだ」(と言いながらもルッシラに甘えてよりかかり、草笛を吹く。ルッシラは笑ってマキシマスを見るが、彼は気がかりそうにコモドゥスを見ていて、気づかない。)
00/09/05(火) 21:18
「コモ君の厭味(その4)未来を語る編」
(ルッシラ、興奮して目をきらきらさせながら)「今日の父上は本当に素晴らしかったわ!」(マキシマス、ひかえめにうなずくが、彼の目も輝いている。)「あのお話には兵士たちも皆、感動していました」「最後に朗誦なさった詩も素敵だった…われら願わく犬ころの乳(ち)のしたたりに媚ぶるごと、心弱くも平和(やわらぎ)の小さき名をば呼ばざらむ…」「(うなずいて続ける)絶ゆる隙(ひま)なきたたかいに、馴れし心の驕(おご)りこそ、ながき吾が世のながらえの、栄(はえ)ぞ、価値(あたい)ぞ、幸福(さいわい)ぞ…」「(吐息をついて)私たちが大人になった頃、ローマはどうなっているのかしら」(コモドゥスも、うっとりした目で)「そりゃあ、父上の言ってた通り、きっとすごい国になってるさ。その頃は僕…なれるのかなあ…父上みたいな皇帝に」「もちろんよ!なってもらわなくては困るわ」「マキシマス、君は僕の側近になってくれるよね?」「あら、彼を頼りにしてはだめよ。第一、彼は私の側近に仕えてもらわなきゃ」「彼だって、出世したければ僕のそばにいなきゃ」「出世ですって?私と結婚したら、彼が皇帝になれるんだから」(マキシマス、結婚という言葉にどきっとしつつも、この展開にうんざりして)「二人して何をばかなことおっしゃってるんですか!」(コモドゥス、既にかなりむきになっていて)「僕が皇帝になって君に命令すれば、君は逆らえないんだよね、どんな命令でも?」「(うなずいて)おっしゃる通りです」「姉上を殺せと命令しても逆らえないよね?」「(間髪入れず)逆らえません」(ルッシラ、笑い出して)「だから、その前に結婚して…」「ルッシラさま!」「こんなバカな子は、どこかに幽閉しましょう」「いいかげんになさいませんか?」(ルッシラ、真っ青になって震えている弟と、目を閉じて首を振っているマキシマスを、あきれ顔で見つめ)「冗談も言えないの?いやだわ、二人ともどうしたのよ?」(コモドゥス、わなわな震えながら口を開きかけるが、その前にマキシマスが「お二人とも恥ずかしくないんですか?」と冷やかに言って部屋を出て行ってしまう。)
00/09/07(木) 01:36
「コモ君の厭味(その5)星空編」
「(笑いながら)弟は、暗闇が恐いのよ。だから絶対、ここまでは来ないわ」「けっこう、明るいと思うけど。星もこんなに出ているし」「(よりそいながら)どこまで見えているの、あなたの目では?」「(くちづけしながら、ちょっと眠そうな甘い声で)あなたは?」「あなたの顔が見えるのがやっと」「あの、楯みたいな形の岩は?」「岩なんて、どれ?」「じゃ、あのエニシダの薮は?」「あなたがどっちを指さしてるのかも見えなくてよ」「すぐそこの枝にとまってるフクロウ…」「あなたそんなものまで見えてるの!?(脱ぎ捨てていた服を引き寄せながら)全然、不公平じゃない!?」「(くぐもった、やわらかい声で笑いながら)そんなに何にも見えてないのに、あなたは暗闇が恐くないんだ?」「(かすかな苦々しさをこめて)見えてないからかもしれないわ。…手を放して、いたずらしないで、私のサッシュがどこかそのへんに落ちていないか、さがして下さる?」「これですか?」「もう!本当に全部見えてるのね」(衣擦れの音が響き続ける)「さっきもちょっと気になったんだけど、そのサッシュ…」「何?」「結び方、それでいいの?」「だって、いつも侍女が…あら。そう言えばちがうわ。今日はこれ、あの子が…」「殿下が?」「お父さまのところに行く前に、緩んでいるって言って結び直してくれたの。いやだわ。どこか変だった?お父さま、何もおっしゃらなかったけれど」「(かすかなため息をついて)結び直しましょう。…いや、誰もわからないと思いますよ。見た目は普通の結び目だから」「それ、何?あの子にはわかるってこと?」「(結び直しながら、はっきり、ため息)どうなんだろう。わかってるってことを、わからせたかったのか」「誰に?」「私…かな」「この結び目で?」「ええ…」「どういうこと?」「これ、鎧の紐がほどけにくい結び方で、この前、殿下に私がお教えしたんです」「…何て子なの!?(むかっとして小声で)もう一度、服を脱ごうかしら…!」
あれ、結局名前を一つも書いてない。でも、わかりますよね?
00/09/08(金) 02:39
「コモ君の厭味(その6)剣闘士編」
(戸外のテーブルに座っている三人。コモ君がマキシマスに)「え、コロセウムを見たことないのか?」「そもそも、ローマに行ったことがないんです」「何だ、ここから馬で一日もかからないのに。今度行こう。コロセウムを案内してやる」「彼は私たちのように暇じゃないのよ、コモドゥス。それに剣闘試合なんて退屈だわ。半分以上は八百長だし」「この頃はちゃんと殺すよ」「それはそれで問題よ。お父さまも禁止したいとおっしゃっていた」「そんな!大騒ぎになるよ!(マキシマスに)五万人からの客で毎日満員なんだ。想像つくかい?」「(少し不思議そうに)どういう人たちがそんなに集まるんです?」「あら、ローマでも最低のごろつきや酔っぱらいよ。まともに仕事をしている者は、あんな所に行きはしないわ」「彼らだってローマ市民だ。軽蔑するのはよくないよ。それに、あのエネルギーはすごい。上品ぶった貴族たちにはないものだ」「あらあら、最初連れて行ってあげた時は怖がって泣いたくせに」「四つの時だろ?」「五つだったわ」「(笑ってナイフを抜き)今はもう平気だなあ。(と言いながら、目の前を歩いていた足長グモの脚を一本切り、また一本切って)あれ見てたら、恐いものなんかなくなるよ」(マキシマス、コモ君の様子が無気味で動けない。ルッシラ、ゆっくり立ち上がり、片手をクモのそばに広げて置く。もう片方の手でナイフごと弟の手をつかみ、自分の広げて置いた手の指を切らせ、血のしたたる指を弟の唇に押し当てる。迫力負けしたコモドゥスが黙って口を開き、さしこまれた指の血を吸ってしまうのを見て微笑し)「血を恐がらないって、こういうことよ。弱いものいじめをすることじゃないわ」(ルッシラ、衣をひるがえして去る。コモ君、ナイフをしまいながら弱々しく笑って)「まったく、かなわないや」(マキシマス、明るく)「いつかローマに行きますから、コロセウムにお供させてください、殿下」「(気をとりなおして)いいよ、きっとだ」(何か言いたそうにマキシマスを見るが、すぐ姉のことが気になるのか、そそくさと後を追って行く。マキシマス、もがいているクモを草むらに逃がしてやりながら、ひどく沈んだ顔になっている。)
00/09/09(土) 17:26
「コモ君の厭味(その7)夕陽編」
(コモドゥス、馬上から手綱をとっているマキシマスに)「そんなに急がなくってもいいよ」「ええ、でも…」「見ろよ、すごい夕陽だなあ!野原が一面、血に染まってるようだ」「本当ですね」「(吹き出して)聞いてないだろ?何をそんなに気にしてる?テントに戻るのが遅れたら叱られるのか、上官に?」「その時は言いますよ。お止めしたのに殿下が…」「村の結婚式の余興の競技に、飛び入り参加して、賭けに負けて馬を取られたって?(思い出して笑い出す)私が誰だかわかったら、すぐに返してくれただろうけどな」「恥ずかしくって、言えますか!あんなバカな踊りまで踊られて!」「皆、大喜びだったじゃないか」「…(深いため息)」「どっちみち、僕のせいだよ。上官にはそう言ってやるから、君が心配しなくてもいい(興奮がさめていなくて、どことなく、まだご機嫌)」「そんなことはいいんですが。(気がかりそうに夕陽を見る)沈んだら、一気に暗くなるからなあ…」「道はわかるんだろう?」「多分」「おい!」「わかりますよ。それよりも暗いのは、お嫌いだったんじゃないんですか?」「ん?…ああ、なあんだ、さっきからそれで、そんなにあわててたのか。(急に気になって)何で知ってる、姉上に聞いたのか?」「(すでに、しまったと思っていて)いつか、ランプのお話をされておられましたから、お二人が」「あれは昔の話だろ?今もそうだって、なぜわかる?」「…」「(意地悪く)答えろよ」「…姉上が、お話になりました」「へえ、暗闇で?」「(切り口上で)寒くありませんか?」「(相手が、めちゃくちゃ機嫌が悪くなったのを敏感に感じて)いや…」(しばらく沈黙。当然、耐えられなくなるのはコモ君の方で)「おい、いっしょに乗れよ。その方が早いだろ?」「(そっけなく)馬が足を痛めてるから、二人は無理です」「(ほとんど機嫌をとりはじめて)君は暗いのなんか、恐くなかったんだろ?回りに人の気配がなくても?」「どんな部屋に私が寝てたとお思いなんです?暗いのよりも、回りに寝ている兄たちの方がよっぽど恐かったですよ。油断してたら、すぐ遊ばれて、毛布で巻かれて棚に押し込められたり、梁の上に上げられてたり」(夕陽が沈んで野原は暗くなる。だが、ちょうど丘の上に出たので、眼下にテントのかがり火が赤々と見え始める。)
00/09/11(月) 23:38
「コモ君の厭味(その8)負け惜しみ編」
(アウレリウスー当然ながらまだ若いーが、からからと笑ってマキシマスを引き起こし)「まだまだ、組み打ちでは私に勝てぬな。手首の使い方はましになったが、腕の力が弱い。(馬にひらりとまたがって)ひと走りして来る。二人とも食事の時に、また会おう!(勢いよく土煙をあげて、かけ去って行く)」(コモ君、見送りながら)「父上、やっぱり強いなあ。君もまた、いやにあっさり負けたじゃないか?」「(ちょっとくやしそうに)入れ墨入れたあとが痛くて、腕が思うように動かせなかったんですよ」「そういうのを負け惜しみって言うんじゃないのか?そういうところって、おまえ、けっこう、姉上に似てるんだよなあ」「(きげんが悪い)それも何だか、浮かばれませんね」「(かまわず、相手の腕をとって歩き出す)ほら、この前の夜、三人でいた時、父上が元老院のことで僕らに意見を聞いて、君の言ったことをほめたろ、覚えてるか?」「何となく」「あの後、姉上はものすごく怒っててな」「私に?」「君にも、僕にも、自分にもさ。僕がうっかり、マキシマスはローマに来たこともないのに、元老院のこととかがどうしてあんなによくわかるんだろう、なんて言ったから、そりゃもう、かんかんで」「へえ」「そりゃ、あの人は、あれだけいつも父上にべったりくっついてるんだから、いろんなことを学べもするわよ、同じ時間だけ私が父上といっしょにいて見なさい、あの人なんかメじゃないわ、って、これがね、けっこう本気だった」「(苦笑する)殿下はたしか、あの時は…元老院は廃止せよと?」「うん、あんな連中よりも、民衆自身と、僕らはもっと向き合うべきだって思うのさ。知ってるか?僕は、民衆に人気があるんだぜ。コロセウムなんかにも、よく顔を出すからね。元老院の年寄りどもより僕の方がずっと、民衆の望んでるものを知ってるよ」「パンと競技、ですか?」「そうとも。それを与えれば、彼らはついてくるんだよ」「その後は?」「後って、何だ?」(二人、食事の支度の煙があちこちで上がる陣営の中を、夢中で話し合いながら歩いて行く。)
00/09/17(日) 00:39
「コモ君の厭味(その9)パピルス編
(マキシマス、テントで書き物をしている。コモ君が入って来て、机の端に座る。)「何書いてる?」「(手をとめて、見上げ)書き写すようにと、陛下が仰せられましたので」「軍人やめたら秘書になれるな。(紙を一枚とりあげて読む)もっともよい復讐の方法は、自分まで同じような行為をしないことだ…か。ふうん。そっちは?(別の紙をとり、しばらく黙って見ていてから)この、イチジクの木にイチジクの実が生ったからって驚いちゃいけないって話、この前、父上が僕に言ってたことだね?」「(微笑して)そうですよ。あの時、殿下と話しておられて、思いつかれたことだと思います」「(ことさら、何でもないように)ふうん、そうか。(あちこち紙をかき回して拾い読みしていて、ふと気づき)何で書かないんだ?」「(指を見せて)休み休みでないと傷口が開くんです。この前の隊の対抗試合の時の」「ああ、すごかったよな!圧勝だったじゃないか」「そう見えました?(苦笑する)実はあれ、作戦を間違えまして」「え、そうなのか?」「だからあんな乱戦になったんですよ、恥ずかしい。(ため息をつく)おかげで指まで傷めて、仕事はさっぱり進まないし」「書けないんなら、手伝おうか?」「(ちょっとひるんで)殿下が?」「(皮肉っぽく)書き間違えそうで恐いかい?」「まさか。私もさっきから何度も失敗してますよ」「でも、おまえの大好きな父上から、じきじきに仰せつかった仕事だもんな。人の手なんか借りたくないんだろ?」「どうして、そういう…(笑いながら、立ち上がる)書いていただけるなら、助かります。(葦筆と紙を渡して)この椅子をお使いになって下さい。ここの、印のついている所から写していただけますか?」「(満足を押し隠して、黙って椅子に座って仕事にかかる。しばらくして)ここ、どう書くんだ?」「(のぞきこんで)あ、これ、難しいですね。多分、この一行は消しておられるんだから、そうですね…ここから、ここにつなげて下さい」「わかった。(書きながら、もうはっきりと嬉しそうに)僕が写したって、父上は気づくかな?」「申し上げておきます」「だめだよ!何も言わないでいい。父上が気づいたかどうか、後で教えてくれ」「かしこまりました。(心配そうに)速すぎますよ、殿下」「うん、大丈夫さ」「(ひやひやして)書き間違えないで下さいね」「いいよ、心配するなって。(と、勢いよく次の紙をとりあげる)」
00/09/17(日) 21:59
「コモ君の厭味(その10)本当の父親編」
「テントの明かりがずっとついてたけど、ゆうべも徹夜かい、父上と?」「(笑って目をこすりながら)私はちょっと、眠ってしまって」「ほんとに、いつも、いっしょなんだなあ」「私があまり何も知らないから、教えて下さることが多すぎるんです、きっと」「そんなに毎日いっしょだと、もう、自分の父親よりも、父上の方が父親のような気がしないか?」「とんでもないことを」「何、あわててるんだ?」「あわててなんかいませんよ、別に」「ほら、おまえ、うしろめたいとすぐ『別に』って言うんだ」「あのですね…!」「おまえのことなら大抵のことはわかるんだよ、おまえの気づいてないことまで。姉上の気持ちになって見てるとね」「(たてつづけに来られたので、対応できなくなり、力のない声で)もう、何ですか、それ…!」「おまえを見てる時の姉上の気持ちもわかるな。おまえにどうしてほしがってるか、何を求めてるかもさ」「…(悲しそうにうつむいて、もう何も言わない)」「(相手が反撃して来ないとわかると、かさにかかって、ますます変に元気になり)おまえの父親って?もしかして父上に似てるのか?」「そんな、比べるのも恐れ多いこと…父は私が幼い頃に亡くなったし、ただの貧しい農夫でした。兄たちの話では、めったに口もきかなくて、怒る時にも理由など言わず、いきなり頭をたたくような、恐い人だったと…」「じゃ、ますます、思うだろう、父上の方を、父親みたいに?」「(訴えるように目をあげて)殿下、そういうおっしゃり方は、私の父にも残酷です。たとえ無学で粗野な田舎者でも、私の父は、死んだ父親だけです」「そんならなぜ、さっきから、そんなにうろたえてるんだよ?図星をさされたからなんだろ?父上のこと、どう思ってるか自分でも、今まで気づいてなかったんだろ?」「(むきになって、きっぱり)私が陛下をお慕い申し上げるのは、皇帝陛下でいらっしゃるからです」「じゃ、僕が皇帝になれば、同じ忠誠を捧げるんだな?」「(泣きそうな声で)当然です」「無理しなくっていいんだぞ」「(叫ぶ)当然だと申し上げています!!」(コモドゥス、相手のあまりの剣幕に、ちょっと驚いて、黙り込む。)
00/09/18(月) 14:00
「コモ君の厭味(その11)薬草編」
早朝。軍のテントの近くにある薬草園。畑の中にマキシマスがいる。剣の稽古をしていたコモ君が裸のままの上半身に服をひっかけながらかけよって来る。「何してる?」「薬草を採りに…殿下、服を着て下さい。(手袋をはめた手を見せて)毒のある草も多いですから」「(近寄って来て、いたずら半分剣を構えるが、ひざまずいて背を向けたままの相手がさりげなくよけたので驚いて)なぜわかる?」「え?(振り向いて)ああ…癖ですね。何か気配が…。兄たちと畑でよく、前触れも何もなしに、いきなり取っ組み合いになってたから、周りから一度に来られるのとか、不意打ちや、だまし討ちには強いんです」「(草の上に座り)おまえの兄たちって、ほんとに油断がならないんだな、話を聞いてると。田舎者って、もっと愚かで人がいいんじゃないのかい?」「(笑って)そんなことを思ってるのは町の人だけですよ。村の人間はそれはもう、皆、抜け目がないし、人をだますのが大好きなんだから。(草の葉を調べながら)私を一番かわいがってくれた二番目の兄なんて、よそで盗んできた果物や菓子をわけてくれる時、こういうのは皆、土の中に埋まっていて、匂いをたよりに掘り出すんだ、と言って聞かせて、私はかなり大きくなるまで、信じて疑いませんでしたからね、その話。兄は暇さえあれば、そのへんの土を私にすくわせては、おかしいなあ、何の匂いもしないか?と真顔で聞きましたっけ」「よくそんな話、信じたな。おまえもおまえだ」「恐ろしく口のうまい兄だったんです。まあ、今思えばそうやって、畑仕事には欠かせない、土の性質を見分ける練習をさせてたのかな。でも本人、何年か後に、通りかかった旅芸人の一行に加わって、村を出て行ってしまいましたからね。やっぱりあれは、単に私をからかうのが目的だったとしか…」「(面白そうに)畑にいると、おしゃべりになるな」「土の匂いが好きなんですよ。さわっていると落ち着くんです」「姉上といる時も、そのくらいしゃべってやったらいいのにさ。(陽気に)それとも、二人きりの時はよくしゃべってるのかい?」「(つられて陽気に)いえ、二人きりの時は、他にもすることありますから。(コモ君が真っ青になったので)殿下!冗談ですよ」(コモ君、黙って立ち上がり、行ってしまう。)「(うんざりして、つんでいた薬草を畝にばらまき)自分が言い出したんだろ、もう!」
00/09/20(水) 00:19
「コモ君の厭味(その12)母の思い出編」
「どうかしたのか?」「何ですか?」「そんなところに駒を動かして、ほんとに後悔しないんだな?」「(無理に注意を集中して、盤面を見る)あ、そうか…」「(うれしそうに、すばやく駒を取り)だめだよ、もう!そら、また僕が勝った!(駒をかき集めながら、大して気にもしてない口調で)今日は変だぞ。何かあったのか?」「すみません。故郷の兄から知らせがあって」「(駒を数えながら、上の空で)悪い知らせか?」「母が亡くなったと」「ふうん。(同情するというより、むしろ興味深そうに相手の顔を見つめて)それで今、どんな気持ちなんだ?」「(けんかを売ってるのかと、一瞬、目を上げるが、すぐ、相手は本当にわからないでいるのだと気づいて、ショックを受ける)殿下は覚えていらっしゃらないのですか、母上がお亡くなりになった折りのことは?」「(首を振る)まだ小さかったし」「ランプを持って来て下さる方がいなくなったのは、気づかれませんでした?」「ランプ?」「(うなずく)人が死ぬと、そういうことがよくあって。私の母は、顔も身体もごつごつとした、無口で無愛想な田舎女で、子どもたちにも優しい言葉ひとつかけたことはなかったのですが、私が田舎に帰るたび、いつも夜中に私の寝ている部屋に入って来て、黙って毛布をかけ足して行ってくれました。キスのひとつもするどころか、ほとんど私にさわりもしないで。(微笑する)起こしてはいけないと思っていたんでしょうね。私はいつでも目がさめていたんですが。これからは、もう、兄の家に帰って、あの部屋に寝ていても、朝までドアは開かないし、誰も入って来ない。(小さく唾を呑み込む)わかっていても、きっと、変な感じでしょうね」「(首をかしげて)淋しいってことか?」「…(黙って笑う)」「(思い出したように)ランプは、でも、持って来てくれてたのは姉上だから。母上じゃないよ」「(やや愕然として)そうなんですか?」「(駒を並べながら)だって、姉上がそう言ってる」「殿下の記憶では?たしかにそうなんですか?」「(けげんそうに見上げて)何、むきになってるんだよ?」(鼻歌まじりに駒を並べているコモドゥスをマキシマスは、何も言えずに、ただ見つめる。)
00/09/20(水) 13:20
「コモ君の厭味(おまけ)皇帝になったら編」
「(妙にうきうきと)ねえ、マキシマス」「(剣の手入れをしながら)はい?」「ひょっと、僕と父上が皇帝の地位をめぐって対立したら、君、どっちにつく?」「(経験から着実に学ぶ性格なので、いつかのように度を失うような、みっともないことはすまいと決めていて)私は軍人ですから、上官の命令に従います」「君が最高司令官だったら?」「元老院が、どちらを皇帝と認めているかで決めます」「元老院もなくなっていたら?」「民衆に問いかけます」「(満足そうに椅子に身体を投げ出して)じゃ、僕の勝ちかな。父上よりも僕の方が、民衆の好みはよく知っている。(吐息をついて)まあ、いずれは父上は、僕を皇帝にするだろうけど」「(何の疑いもなく)そうですとも」「そうしたら君も、父上以上に僕を好きになってくれるよね」「(とっさに話がのみこめず、思わず目を上げる)は?」「(何の疑いもなく)だって今、マキシマスが僕より父上を好きなのは、父上が皇帝だからなんだろう?だから…」「殿下…(剣を置き、困って額に手をあてる)それって何だか、さかさまでは…」「(無邪気に)何が?」「それでは、まるで…私に好かれるために、皇帝になろうとされているような」「君だけじゃない、皆にもさ」「ええと…(必死で言葉をさがす)」「変か、それって、どこか?」「さあ、変かと言われましても、それはやっぱり、でも、変ですよ」「だって皆、そうだろう?」「…ちがうんじゃありませんか?」「今だって、こういう地位にあるから、皆が僕を愛してくれるし、大切にもしてくれる。マキシマスだってそうだろう?父上だってそうだよ」「殿下…」「僕を、そういうものといっさい何の関係もなく愛してくれているのって、姉上だけだよ。生まれた時からずっと」「…(言葉が出なくなってしまう)」「(澄んだ、子どものような目をマキシマスにまっすぐ向ける。今日はその目には、意地悪さや厭味のかけらもない…のが、マキシマスにはこれまでで一番痛烈な打撃。この子からルッシラを奪うことなど絶対してはならないと、心の底から思い知る)だから、姉上が今までと同じように僕を愛してくれなくなったら、僕はもう、自分が誰なのかわからないんだ。生きているのかどうかさえ、わからなくなってしまうんだ」
00/09/21(木) 14:18
「ルッシラの生き方(マキシマスとルッシラ)」
「殿下をああしたのは、あなたでしょう?」「どういうこと?」「あなたが、あの方を自分から離れられなくしている、という意味です。小さい時に夜、ランプを持って行ったのも母上なのでしょう、あなたではなく?」「だったら、何?」「私の立ち入ることではありませんね」「いえ、聞きたいわ。何が言いたいの?」「申し上げているではありませんか。あなたは力も知恵もおありだ。そのすべてを使って支配しようとなさったら、あの子…(あわてて言い直す)殿下がかなうものですか!残酷すぎます。(両手で顔を覆う)あなたが作り上げた、あの絆、あの愛…それがいつかきっと、あなたを滅ぼす気がしてならない」「(笑う)蛇の子に乳房を含ませる女のように、はぐくんだ愛に復讐されると?」「(絶望的に)どこまでわかって言っておいでなのです?」「わかっているわ。でも私にはあの子だけ、他には何もなかったの」「(あきれて苦笑する)何もない?あなたは皇女ではありませんか!」「それが何?どんなに父上を愛し、ローマを愛しても、私に何ができると言うの?あなたとちがって、戦って自分の力や賢さを示す機会も与えられない。指揮する軍団も持つことはない。かけがえのない一人の人を愛するかわりに、計算づくの結婚をして、その相手を通してローマに関わることしかできない。自分の力をあの子に発揮する以外、試せる場所が私にあった?」「(圧倒されそうになりながら、やっとのことで首を振る)人には…それぞれ、自分ではどうしようもないものがあります…持って生まれた運命や、時の流れ…理不尽でも、意志や努力の限界を超えた、身をまかせるしかないことが」「(激しく)わたくしは、認めないわ、そんなもの!あなたは認めるの、あきらめて身をまかすの!?」「(ひっそりと)あきらめはしません。どんな小さな望みでもある限り、戦うことはやめません。けれど、それでも、一人の人間の思いや価値とは関わりない、否応無しに私たちを押し流す大きな力が世の中にはある。それを認めた方が、安らかになれることだってあります」「(荒々しく)わたくしは認めない、決して!そんなものには絶対、負けない!どんなに不可能に見えようと、望んだものは必ず全部、つかんでみせるわ!」「人を傷つけ…自分が傷ついてもですか?」「そんな力を認めたら…(わなわなと震えながら)傷つくどころか、生きていけない!」
00/09/22(金) 01:06
「二人の訣別(マキシマスとルッシラ)」
「(入ってくるなり、手袋をテーブルの上にたたきつける)弟に聞いたわ。私と…抱き合ったり、キスしたり、愛し合ったりしていたのは、臣下だからしかたなく応じていただけなのですって?」「(たれ幕の向こうを気にする)部下たちは昼の訓練で疲れて寝ています。動揺させるようなことはおやめ下さい」「(かまわず)弟の言ったことは本当なの?すべて、私にあわせていただけ?いやいや相手をしていただけ?」「だったら、何です?…そんなこと、どこか、問題なんですか?私が本気かどうかなど…あなたにとって?」「(視線がゆらぐ)自分がバカにされていたのかどうか知りたいだけだわ」「(冷やかに)そんなことが知りたいだけで、夜中にここまで輿を飛ばせて、私をたたき起こすんですか?」(二人、にらみ合う。)「わたくしが、知りたいのは…」「私の本心?」「(低く)ええ!」「(からかうような目になる)知って、どうするおつもりです?」「(頭をそらす)言う必要が、あるかしら?」「(かすかに肩をすくめて、テーブルの上の水差しを指ではじく)さあね!」「あなたはいつも、そうやって逃げる!」「(冗談っぽく)あなたのような情け容赦のない人に、弱みを握られたくないからな」「(我慢の限界に達して来て、叫ぶように)聞いたことに答えて!」「(そっけなく)そんな必要ない」「命令よ!答えなさい!」(言った方も、言われた方も凍りつく。長い沈黙。ルッシラの激しい息づかいだけが聞こえている。)「(ゆっくり顔をあげて、まっすぐ相手を見る)それなら、言わせていただきましょう。(わざとらしく冷やかに、一語一語をはっきり区切って、皮肉な笑みを浮かべながら)初めて一目見た瞬間から、身も心も、私は、あなたの、とりこです。私にとって永遠に、あなたは、この世の、すべてです。命も、身体も、血の一滴も、髪の毛の一筋までも、私は、あなたに、捧げております。(顔をそむけて小さなあくび)もう寝に行ってもよろしいですか?明日は朝が早いので」 (ルッシラ、数歩歩みでてマキシマスの頬を力いっぱい平手打ちし、流れる涙をぬぐおうともせず、そのまま部屋を飛び出して行く。)
00/09/13(水) 02:19
「十年後?(ルシアス・ヴァレス)」
「なるほど。それで戦況はだいたいのみこめた。君の説明はわかりやすいな、将軍。言い訳やそれとない自慢がまじらない分、無駄がない」「恐れ入ります、陛下」「自分で言わぬ人間には、ついこちらから言いたくもなる。連戦連勝、見事な活躍ぶりではないか」「部下たちのおかげです」「故郷にもなかなか帰れまい…スペインだったか、たしか?」「は、そうです。おわかりですか、やはり、言葉で?」「(微笑して)奥さんは、土地の方かね?」「は、まあ」「軍人の娘か?」「いえ」「では商人か、農家の人か?」「山賊でした」「(振り向く)何と言った?」「四年前に討伐した、トルヒヨに近い山岳地帯を根城にしていた山賊の、捕虜の一人だった娘です。捕虜たちの処置について話している間に親しくなって、今では妻になっております」「(つくづくと相手の顔を見て、あきれたような、感心した目で)いや、君も面白い男だな。皇女の次が、山賊とは」「(うっかりつられて笑いかけて、青くなる)失礼ですが、おっしゃる意味が…?」「(目をそらしながら、おかしそうに)妻は私に何でも話す。とりわけて君のことは。どうも、どこまで言えば私が腹をたてるかと試しているようでもあるな。元老院の議員たちにも、あれはときどきそうやって、怒らせては度量を見ている。危険な遊びが好きなのだ」「(何とも返事のしようがないので)お変わりないようで、重畳です」「(たまりかねたように大声で笑う)いや、ありがとう、ありがとう!」「殿下も、お変わりありませんか?」「あ、コモドゥスか?そうだと思うが、あまり話をせぬのだよ。何を考えているのか、どうもいまひとつ、わからぬ青年だな。君とは仲がよかったようだが」「三人とも…(言い直す)二人…(また言い直す)皆、まだ子どもでしたから」「(遠い山並みに目をやって)そうだろうな」「まだ本当に、何もわかっていませんでした」「(相手に目をやり、微笑んで)何、それはそれで、よいことさ。(見上げて)冷えると思ったら、降ってきた」(二人、空を見る。小さな雪片が、ひらひらと舞い落ちて来る。)
00/09/14(木) 01:54
「その後のルッシラ」
(アウレリウス、マキシマスに)「グラックスが戦線の拡大を批判しておるし、ガイウスは元老院の権限を広げるべく画策中だ。ファルコはこちらの味方だが、考えようではあれが一番危険だな」「お話をうかがう限りでは、グラックスさまの提案が、理想論のように見えて、一番現実的なのでは」「ヴァレスも同じ考えだ。ということは、それはルッシラの考えでもある。(微笑して)もっとも、あの子の本心たるや、親のわしにも読めんがな。元老院議員のほぼ全員が、あの子を自分の味方だと考えておるのだから。凄腕のファルコまでが飼い馴らされて、あの子の手からエサを食べおる」「(つぶやくように)人をそらさないお方だから」「議員の妻や娘たちにまで、侍女たちのネットワークから何から利用して、人脈と情報網をはりめぐらせておるから、かなわぬよ。自分が失脚させて自殺させた議員の細君とまで、にこやかに親友づきあいを続けておる、あんな度胸はわしにもないわい」「(不安げに)それでは敵も多いのでしょう。お身の上に危険が迫ることはないのですか?」「あったとしても、あの子はそれを楽しんでおるよ。『ローマと父上のためならば』などと、猫なで声で言うてはおるが、それも嘘ではあるまいが。まあ、わしも、ここという時にはずいぶん助けてもらっておる。(思い出したように)あれの唯一の弱点は、弟じゃな」「殿下?」「(うなずいて)弟のことになると甘くなって、何でも弁護しようとする。そうやって、弟がますます孤立するというのが、あの賢い子にわからぬとはなあ」「…弁護しなければならないようなことを、そんなになさっているのですか、殿下は?」「中にはとるにたらぬこともあるのだが、そんな小さなことでも積もり積もるとな。ルッシラがやっきになって弁護するから、皆に知れてしまったりすることもあるのだよ。おかしかろ?」「…」「まあ、わしも、コモドゥスについては、聞かない方がよかったようなことを、いろいろ聞いてしまってな。聞けば、ヴァレスや元老院の手前もあって、厳しい処置をとらぬわけにはいかぬし」「陛下…あの…」「何だね?」「もしかして、それは…」「うん?」「…」「どうした?」「…いや…すみません…何でもありません」「(けげんそうにマキシマスを見る)…?」「(振り切るように、書類をめくる)それで陛下、さきほどの、穀物税の件ですが…」
00/09/16(土) 20:16
「自分で解説も何ですが…」
自分の書いた小説もどきに、解説を加えるというのも、ぞっとしませんが。
ずっと前、Kumikoさんが、映画のルッシラ(つまりニールセン)が、華やかさに欠けるというか、疲れが顔に出てる、と言ったようなことをおっしゃっていて、笑ってしまったのですが、実は私は、あのきれいなルッシラさんが時々見せる、すごく疲れてやつれて険しい、中年女みたいな表情が、めちゃ好きでした。あずきさんが、彼女が「強い女でいるのに疲れた」というけど、そんなに強くもなかったのに、と言われたのも、その通りなんですが、私は何となく、あの、時に垣間見せる、すさんだ表情で「がんばっとるんやろうなあ。えげつないことしとるんやろうなあ」と納得してしまってたような気がします。私のルッシラのイメージを作ったのは、多分、あの表情です。
私の描いた3人は、時々ですが、父と母と子に見えることもあるかも知れません。少なくとも、私の話につなげて映画を鑑賞するならば(そんな恐ろしいこと、誰もせんわ、と言われそうですが)、マキシマスのコモ殺しは、「出来の悪い子どもを殺す父親」のイメージになるはずです。最近では、子どもの親殺しが目につきますが、文学でも現実でも、「仲間や、世の中にご迷惑をかける我が子を自分の手で葬る親」というのもまた、かなり根強い伝統があります。映画のマキシマスがコモを殺すのにも、家族の復讐のみではなく、ローマのため、社会のために殺すという要素が混じっています。私の話のマキシマスは、ルッシラとともにコモの疑似父母してるところがあり、だから、まちがいなく愛してもいますが、だからこそ、それが世の中に害を与える存在になった時、殺すのは自分の責任、という考え方になるのだと思います。
「ルッシラの生き方」は、マキシマスがちょっとルッシラを避け始めて、彼女が追っかけてる頃の話で、「二人の訣別」より前です。次の「戴冠式(そんなもん、あるのかどうか知りませんが)の夜」は、もちろんずっと後、映画が終わって数日後ぐらい、ということになります。このシリーズ唯一の「後日談」です。これで、うまく、しめくくれるかなあ?現実の歴史にもつなげて?
00/09/22(金) 01:51
「戴冠式の夜(ルッシラとカルミオン)」
(侍女のカルミオン、衣装を片づけながら)「お疲れでございましたわね。でも本当にご立派な戴冠式でございました。ルシアスさまが帝位につかれ、グラックスさまとルッシラさまが補佐なさる。これでもう、ローマは安泰でございますね」「(かすかに笑って)そう思う、カルミオン?」「(笑いながら)違うのでございますか?」「(ランプの光を見ながら、ゆっくりと首を振る)いいえ、カルミオン。私はそうは思わない。ローマはやがて滅びるわ」「(手をとめて)何をおっしゃいます?…」「むろん、今日明日ということではないわ。それでも、徐々に衰えて行くでしょう。この国は大きくなりすぎた。これ以上は維持して行けない。その兆しはもうあちこちにあらわれている」「でも…」「心配しないで、カルミオン。ローマが滅びても、それは世界の終わりではない。おまえの生まれた国もあるでしょ。新しい時代が始まるだけよ。息子やローマの人々が、できるだけ穏やかにその日を迎えられるよう、力をつくすつもりなの」「(何か言いかけて)明かりが消えそうですわ。油をとってまいりましょう」「そのままにしておいて。私のそばにいてちょうだい」(二人、並んで寝台に座る。)「遠い昔、ある人が私に言ったわ。一人の人間の意志や努力ではどうにもならない、逆らえない大きな力が世の中にはあると。そんなものは認めない、と私は言った。認めるぐらいなら死ぬと言った」「…」「でも今は、私にも、その人の言おうとしたことがわかる。この時の流れには、私たちは逆らえない。あきらめずに戦うけれど…そう、それも、その人が言ったことだった」(遠く、町のざわめきが聞こえる。)「賑やかね」「皆、喜んでお祭り騒ぎですわ。(そっと)いつまでも、いつも、私はおそばにおります」「ありがとう。ねえ、カルミオン」「はい」「結局、人の一生に残るのは、たとえば今、ここにこうしておまえといる、こんな時間の思い出ね」「…」「私には今も見えるわ。川面のきらめき、木の間をもれる陽の光…雨の音が、子どもたちの笑い声が聞こえてくる。過ち、憎しみ、怒り、絶望…それも皆、私の死とともに誰からも忘れられ、この世に残ることはない」(ランプの炎が静かに消えて、あたりは闇に包まれる。)
00/09/22(金) 03:11