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『大才子・小津久足』感想(8)

定説の定着

江戸時代の紀行の代表が、「おくのほそ道」という定説というか常識を、この数十年かけて私はひっくりかえしてきたつもりなのだが、そしてわりと認めていただいてきてもいる実感があるのだけれど、それでもまだ中学高校の文学史には「おくのほそ道」が江戸の紀行の代表として載せられ、私が江戸紀行の代表として示しつづけて来た、貝原益軒、橘南谿、小津久足の名前はかけらも載ってないことが多い。それはもう目をつぶるとしても、けっこう新しい江戸時代の研究書に、さしたる検証や見解もないままに、「おくのほそ道」が紀行の代表としてあっさりとりあげられているのを見たりすると、新しい定説が定着するまでにはよっぽど長い時間がかかるものだと思わずにはいられない。まあ、そんなことは他にもいくつもあるのだろうが。

まあ日本の古典がなかなか一般の方のおなじみにならない中、「おくのほそ道」だけはたいがい誰でも知っているし、作者の芭蕉もついでに知られているみたいだから、これだけ孤軍奮闘してくれている「おくのほそ道」に感謝こそすれ、恨みなんぞはさらさらない。ただ、江戸時代には、他にも面白い紀行が山ほど、浜辺の砂ほど星の数ほどありますよと言いたいだけだ。その中でも、代表作をあげるとすれば、前期の益軒、中期の南谿、そして後期の久足で、さらにこの中で一人にしぼるとすれば、益軒か久足で、死ぬほど迷ったあげく、江戸時代の到達点、集大成として、やっぱり久足だろうなあ、と思うのだ。

その久足の紀行について、この本で菱岡氏は後の章でも詳しく述べているが、この章では、私の述べてきたその定説に基づいた位置と、久足が自分の紀行を確立する中で、それが国学との決別と重なり合う過程について、特にしっかり説明している。この本の全体の構成については、菱岡氏も編集者の吉田さんもさぞかし工夫をこらしたのだろうが、まずここで、久足の紀行文学史上の位置を確認し、国学との関係について述べて、他のいろんな指摘や鑑賞は、後に回しているのも、そういう配慮の結果だろう。

私が久足を発見するまで

菱岡君はこの本を書くにあたって、「いたさかランド」所収の私の論文を全部読み直してくれている。すきあらば後輩や教え子に仕事を押しつけてしまえとねらっている私は、何年も書きかけの原稿のファイルまで実は送りつけてしまった。だから、他の部分でも同様だろうが、彼が江戸紀行について知っていて調べて、まだ調べが足りないからと切り捨てたことは、この本に書かれたことよりずっと多い。せっかくだから、私の研究に関わることを、少しだけ補充しておく。

私はほとんど先行研究のない、地図のない大陸のような江戸紀行の研究を始めるのに、例によってとにかくもう、あらゆる作品を手当たりしだいに読んで行った。その中で、貝原益軒と橘南谿を芭蕉に代わる代表的作家と目星をつけた理由は、作品そのものの面白さもさることながら、出版され流布した本が飛び抜けて多かったこと、他の紀行で引用や言及をされている回数もやはり図抜けて多かったことだ。引用や言及については「おくのほそ道」よりもずっと多かった。

だが、この時点では久足には目をつけていなかった。理由は簡単で、思えば「おくのほそ道」が益軒たちほど引用されていなかったのも同じ理由だが、久足の紀行類はまったく出版されておらず、写本でしか残っていなかったのだ。したがって他の二人に比べて読者は少なく、引用されることもなかった。
 その理由については菱岡氏がこれまた明快に後の章で強調されているが、久足の「雅俗」意識、つまり伝統的な雅文学は出版されるものではなく、昔ながらの写本でなければならないという意識が大きく作用していると言う。これも私には大変勉強になった。

ともあれ、久足の紀行に私が注目したのは、だから益軒ら他の二人と同じ基準ではない。
紀行についての論文をいくつも書き、その間にさまざまな作品を読み直す内に、本当にひとりでに、波に洗われたり風に飛ばされたりした砂の中から、骨や遺跡がひとりでに姿をあらわすように、いつの間にか久足の紀行類が印象に残るようになって行ったのだ。
 もっと具体的に言うと、いろんな論文でいろんな例を引用しようとするときに、必ず久足の紀行の一部分を使ってしまうことが多かった。この人の紀行は、もしかしたら、他の作品とは数段ちがった名作なのではないかしらん。次第にその実感が確信に変わった。

貝原益軒のときに、彼の全体像と作品を統括してとらえることができた僥倖とともに、この「何の先入観もなく、数しれない作品に目を通す内に、自然に浮かび上がる評価」を手にする安定感と快感も一度味わったら忘れられない。そして、これにいっぺんでも味をしめてしまったら、もうこういうかたちでなければ、結論を出したり論文を書いたりすることができなくなる。そうも言ってはいられないから、そのまねごとの略式で仕事を片づけているし、それでも普通の基準では立派に良心的な仕事をしているとはわかっていても、やっぱり、そういう実感で確信をつかんだ体験は麻薬のように身体のどこかに残っている。

菱岡君のこの本も、全体の多くの部分が、おそらくそういう快感と安定感に支えられている。

橘南谿の異界好み

橘南谿もまたなかなか面白いのである。彼は芭蕉と並んでわりと知られた紀行作家で、近代になってもそこそこの人気があった。京都の医師で随筆や他の著作もあるが、それらについては私は検討しておらず、だから、益軒の場合のような全体像を把握する喜びは得ていないままだ。
 代わりに彼の代表作「東西遊記」について、その特徴を私はつかみ、それは江戸時代全体に通じる意識にもつながる糸口にもなるものだった。

それについて書いた「仙境への旅」は一見引用ばっかりが多い、手抜きの論文っぽいのだが、実際そうかもしれないが、「貝原益軒と紀行文」同様、とても重要なテーマにふれて、彼の作風にも他に指摘した人がいない新しい見解があり、もっと注目してもらってもいいのかもしれないと、最近は考えている。
 要するに南谿は、こよなく「異界」が好きで、読者もまたそれが好きで、この「直近のパラレルワールド」への憧憬は江戸時代をかたちづくる何かかもしれない、ということなのだが、これを発見した点では、益軒や久足とは別の意味で私はやはり、彼を「把握」したのかもしれないと感じることがある。

事実との齟齬

何だかこの回はいつにも増して、菱岡氏の本をサカナに、自分のことばかり語っていて、ものすごく気が引けるが、要するに、こういうことも背景にした上で、「小津久足」という紀行作家が、本当に最高の水準にあるということを前提に、この本を読んでいただきたいのだ。決して、無名のそこそこの作家にスポットをあてるという話ではなく、本当にこの作家について、一人でも多くの人が知ってほしい。芭蕉と匹敵するぐらいの知名度を得ても、ちっともおかしくない人なのだ。

菱岡氏は、久足がこのような紀行の作風を成立させて行った過程を、彼の国学離れと重ねて、緻密にわかりやすく追って行く。私は久足がこれほどまでに益軒に傾倒し、従来の思想的立場を転換するまでの役割を果たしていたことは、実は知らなかった。あらためてそれを見て、痛快とも愉快とも言いようのない爽快感にひたっている。そうですかやっぱりですかそこまでもですかと、くり返し久足に向かってつぶやきたい。自分が指導した学生から、これを教えてもらえるという幸福もなかなかあるものではない(笑)。

そのきっかけが国学者の紀行が実際の旅の案内書としてさっぱり役に立たず、益軒のような事実に正確な紀行こそが、本当の紀行だという観点は、私自身が「これはいったい文学か?」と悩み、人から指摘もされた、実用一点張りの益軒紀行へのいささかくすぐったいほどの全面的な肯定として、こっちの弱気を恥じ入るほどだ。そしてこれはまた、かつて古川古松軒が、林子平を批判するにいたったきっかけが、蝦夷地への旅のときに山のかたちやその他で子平の書が「事実と異なり、案内書として役に立たない」という不信感からであったこととも重なる。

古松軒はその書の中で橘南谿の記述も批判した。当時の紀行の評価には、奇談集にもつながる虚構の容認と、この「事実に正確」という価値観が併存していたことも忘れてはならない。また私がずっとほったらかしている片岡寛光という紀行作家などは、いたずらな地名の考証などは紀行にはそぐわないとして、久足とは明らかに異なる紀行の文学性への評価基準を主張している。これらのさまざまな傾向が紀行作家の中では混在していたことも推測される。

とは言え、そのような論はともかく、作品そのものの完成度では久足はやはり、群を抜く。菱岡氏はその理由のひとつとして、本居宣長「菅笠日記」にも久足が傾倒していたことを指摘する。久足は、そこにあらわれる、実用一点張りの益軒紀行とは異なり、私事を自由に書きつづる姿勢にも共感し、参考にしたのだ。「菅笠日記」は橘南谿とは別の意味で中期の代表作にしてもいい影響力と魅力を持っており、これが益軒への崇拝に加わることで、久足は自分の紀行を江戸時代の到達点ともいうべき水準にしたことは、私もまったく菱岡氏と同感である。

ついに発売!

自分の専門分野とも重なるものだから、ついつい菱岡氏の著書の内容紹介がおろそかになったことを深く反省しています。でも多分、これをお読みになったあとで菱岡氏の第二章を読めば、きっとよりわかって、面白いのではないかと思います。

そして、ついに発売されたのですね。どうかぜひ、一人でも多くの方が買って、読んで、話題にしていただきたいと心から願っています。でもこの連載は、まだしばらく続きそうです。何しろまだ半分も行ってないんですからね。マジで「20」あたりまで行くかも知れない。自分で恐いわ。

でも私としては、まじめな本を書くことが、どれだけ時間と労力を費やするかをどうか知ってほしい。責任ある一言を口にして証明するまでに、どれだけの手数がかかるものなのかを、ぜひとも実感してほしい。

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カツジ猫