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お医者さんは文章がうまい

サマセット・モームもコナン・ドイルも北杜夫もそうでしたけど、お医者さんって文章がうまい人が多いですね。今もそうかは知らないけれど。
祖父の本棚に昔あった、しょうもない本で、私がときどき廊下の籐椅子に、まだ小さいからはまるように座って読んでいた「女の尻っぽ」(小倉清太郎)という本、もうなくなっていたのですが、ネットで見かけてなつかしく、つい古本を注文しました。

産婦人科のお医者さんの話なので、多分読者が期待するような下ネタも多く、時代だけに(昭和30年発行、著者は明治23年生まれ)今なら女性差別みたいな表現も多いです。でもどういうか、この人の根本は科学とヒューマニズムで、決していやらしくも女性蔑視でもないのよね。学識と体験の豊かさと、柔軟で自由な人間性が「実説・本日休診」にも共通する品位とモラルをおのずから生み出しています。だから多分小学生だった、子どもの私も気に入ったのだわ。

あえて言うなら、今の人が読んでもフェミニズムの闘士が読んでも、きっと楽しめると思いますよ。
空襲の中、防空壕の暗闇で、灯りがもれたらどなられるので、手探りで産婆といっしょに妊婦の出産を手伝い、ポンポンポンと高射砲の音を聞きつつ、子どもの産声も聞く。子どもの股を探ると立派なおちんちんがついていたので、「男の児だ」と叫んでしまう。それは「今日なら女性たちからおしかりをうけるところであるが」当時の社会の通念で、これは作者の1万人目のお産だが、それを記念して男児なら白飯、女児なら代用食と決まっていたからで、だから翌日は小宴を催し、「昨夜暗やみで、生暖かい突起物にふれたときはうれしかった」とはじまる、医者の喜びについてのなかなかいいスピーチをする話。

旅先の宿屋の千人風呂で、ころんだ妊婦の前陰から子どもの片手が出ている難産を扱ったときの話や、出産の際の細々した苦労をすごく具体的に書いているのが、少しも下品でなく、女性へも失礼でない。
富裕な女性が子どもはへそから生まれると教えられてそのまま育ち、出産のときに「出るところがちがいます」と額にシワを寄せた話。
病気で性的不具者になった美しい青年が「チャタレイ夫人の恋人」を読んで、いったんは結婚を断念し宗教に生きて、仕事も順調にこなしているが、どうしても虚しくて、性的関係はなくても苦楽をともにする女性が欲しく、同じような女性を探してくれないだろうかと相談に来る。作者はいろいろ調査し検討して、ある「性的不具(無チツ)のほかはなんの欠点も見出せない」若い女性を彼に紹介し、二人は結ばれる話。

どの話も資料としても貴重で、読み物としても楽しい。でも、幼い私が今でもずっと覚えているのは、どこかの村の魚売りの女性が川辺の葦かなんかの中で、一人でお産し、皆がかけつけた時には赤ん坊といっしょに水浴びして、子どもをたらいにいれて頭にのせて、「お世話になりました」とか言って(何もお世話になってないけど)ゆうゆうと立ち去った、という話だった。
へその緒を何で切ったのかが、今でも不思議だが、多分魚をさばく包丁でブツリと切ったのだろうが、真実を知るのは彼女と夏草のみ、という最後の文章もよく覚えていた。

60年ぶりぐらいに、手にした本をぱらぱらめくって、なかなかその話が見つからないので、ちがう本だったかしらと思い始めたら、「ある漁村の女の話」として、ちゃんとあった。内容もほぼ私の記憶のままで、ただ女性のことばは「お世話さまでした」だった。
こういうバカなことしてるのって、何だか最高のぜいたくって気がする。

それから、私、なるべく原文のまま引用しているのですが、ひらがなが多い表記が、とてもセンスがあって読みやすいの。私が慣れてるだけかしら。昔の本だから活字はけっこう小さめなんですけどね。今の文庫本よりずっと小さい。高齢者にはいい時代になったもんだなあって思う。

いやしかし、するべき仕事は多いのだけどなあ、今日も。
例によって、ツイッターにいろんな記事を放りこんでいますので、ぜひぜひごらんになって下さい。
一応はチェックしているつもりですが、こうも状況がややこしく情報も錯綜すると、厳密に正確かどうかのぎりぎりの判断はなかなかできません。あくまで情報のひとつとして紹介するものもこれからは増えるかもしれません。そのことをご了承の上、ごらん下さい。

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カツジ猫