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梅もシクラメンも

オリンピックも終わりに近づいているようだ。この何年かまったく見ても聞いてもいなかったので、いつからこうなったのか知らないが、たまたまニュースを見聞きすると、全体的にインタビューを受ける選手たちが冷静で明るくて落ちついているのに驚いている。言葉づかいもモーグルやらあのへんの新しいスポーツは特に、「そうっすねー」みたいな感じでのんきでさめてる。気負いがないし、熱狂や緊張から距離をおいている感じだ。もちろん、くやしさも喜びもあるのだろうけど、公開のインタビューでは、常に節度を保っている。

去年の日本のバカな政府のオリンピック強行騒ぎで、私はスポーツもアスリートも大嫌いになったが、この状況はアスリートには最悪で気の毒だとも思っていた。微妙で危険な立場に立たされ続けたことで、彼らが慎重に冷静になって来ているのかもしれないと思うと、痛ましいけれど、救われもする。それはやっぱり、ささやかな成果であるとは思うから。

それに比べて、さっぱり変わらないのは、報道側のアナウンサーの興奮ぶりだ。選手たちがノッてこない分、ますます浮いて、みっともない。これもたまたまだろうけど、特に女性のアナウンサーや解説者の様子が見苦しい。涙をためるわ悲鳴をあげるわ選手を「ちゃん」づけで呼ぶわ、そういうのはお茶の間でぬいぐるみでも抱きながら一人で勝手にやっとけと言いたくなるほど、べちゃべちゃ甘えて身内意識で吐き気がして目を覆いたくなる。何なんだろうねもう。もちろん、他国の選手や競技について、専門的な詳しい説明や解説をきちっとたくさんしてくれる女性解説者もいるのだから、人さまざまではあるんだろうけど。

ウクライナの情勢は本当にどれだけ危険なんだろうな。よくわからない。北朝鮮のミサイルもそうだが、世界の情勢を自分らの無能や失政の目くらましに使うのが常套手段の政府に慣れてしまうと、本当の世界情勢や他国の危険度が判断しにくくなるのが一番困ることかもしれない。

それを言うならコロナだってそうで、何しろ人類未曾有の状態だから誰がやっても、どの程度しかたがないと大目に見なくてはならないのか、あきらめ加減が難しすぎる。アベなどは、どうせ国民も国もどうでもよくて、自分のしたいことしか頭になかったから、トップにおいてちゃいけない存在というのは問答無用にわかりやすかったけど、そこまでひどいのはなかなかいないからな。

とにかく地元でもコロナは流行しまくり続けなせいか、買い物に出ても道には車が、店内には人が少ない。罰当たりなことを言うと、これはこれで快適ではあるのだが、人類が滅びかけた星にいるようなシュールな幻想にふととらわれる。

そんな中、わが家のシクラメンは、つつがなく二輪めの花がひらいた。庭の梅もようやく咲いたようだ。でも今日は雪がひどくなりそうだなあ。ストーブつけて家にこもるか。

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カツジ猫