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「水の王子」紙本について

   「水の王子」紙本を手にして下さったあなたへ         

小さい時から小説を書いていた。と言っても断片で、誰にも見せずに書いてすぐ破棄していた。中学生のころ、授業中に教科書の両側の余白にせっせと小説を書いて、授業が終わるまでには消しゴムで全部消していた。だから、私の教科書はページの両端がすりきれて薄くなっていた。

その後もときどき書いていたが、当時はコピーなどもなく、多くはノートに書いて友だちと見せ合う程度だった。大学院を出て就職してからまもなく、友人たちと「鳩時計文庫」というシリーズの自費出版をした。八冊出した中の二冊が「水の王子 1・2」と「水の王子 3・4」だ。これについては、ブログ「いたさかランド」の鳩時計文庫特設ページの説明を、そのまま引用する。なお、これらの作品はすべて「いたさかランド」の「空想の森」コーナーで公開しているので、よろしかったらお読みいただきたい。

名古屋の大学に五年ほど勤務していた。その間、旧友や、新しい知り合い何人かと、それまで各自が描いていた空想の世界を話し合っている内に、小説としてまとめてはどうかということになり、私が中心になっていくつかの小説を作り、資金を出し合って自費出版した。

メンバーは、すべてを私の名で出していいと言ったが、私は原案やアイディアを持っていた人の名を、あえて作者として記すことにした。
とは言っても、かなりの部分に私が関わっているため、著作権や出来不出来の責任は私にあると言ってよい。
当時のメンバーの大半は現在いなくなり、連絡もとれていない。そろそろ死んでいる者もいるかもしれない。私以外は全部ペンネームなので、きっと家族もこの小説群のことは知らないだろう。

なお「水の王子」は、予告が出ているが、未完のままである。もしよくよく運がよければ私が続編を書いて完成させられるかもしれないが、同じ未完の「散文家たち」などの数編とともに、今のところは何とも言えない。
また、ほとんどの本はまだ少数だが在庫がある。注文いただければ、着払いで無料で進呈する。

ここに書いているように、「水の王子」は未完成で、ほぼ四十年間そのままだった。しかし、昨年まったく突然に、続編の第五部「村に」が完成した。
 実はその前年にかなり大きな病気をした。次第に回復しているが、今も完治とは言えない。その療養に専念しようと、それまでに関わっていた「むなかた九条の会」をはじめとした、政治や社会に関する活動を停止し、専門の研究も一時休止した。そうやって健康維持だけを心がけて生活していると、やはり時間は余るもので、だから、この作品を完成させられた。

もし病を得なかったら、決して完成させられなかっただろう。私はほぼ四十年、平和を守るという信条にしたがって政治活動をしてきたことに、いっさいの悔いはない。また専門の研究については、この今も、一刻も早く駆け戻りたくて、身体も心も震える思いだ。それでも、この小説を完成させられたという点では、病気になったことについて、何一つ損をした気はしないでいる。人生の大きな目的のひとつを、確実に私は果たすことができた。

この小説は「古事記」をモチーフとしたファンタジー小説である一方、私自身の自叙伝である。幼少年を過ごした田舎の家、友だちと遊んだ学校生活、自治会活動にうちこんだ大学時代、そして女性としての人生が一部~四部には記されている。第五部「村に」は、それに続く現代までの私の状態がまとめられている。

そして、この小説を書きながら私はあらためて、今回の病気から、その小説の完成以外に得たものがまるでないことにも驚いている。大病を患ったときに人が獲得する悟りとか人生観の変化とかを、少なくとも今回の病気では私は何一つ味わわなかった。四十年前に中断したのとまったく同じ世界に私は戻れ、登場人物のすべてと一体化することに、何の苦労も感じなかった。病気の前も後も、私は同じ私だった。三十代のはじめから私は成長していないのかもしれない。あるいは書きこそしなかったが、心のどこかでこの小説と、ずっと併走していたのかもしれない。

有能で誠実なパソコン担当者の協力を得て、「村に」を電子書籍で出版した。しかし表記に、パソコンによっては「ー(ダッシュ)」が縦向きにならないという、些少ながらも一部改善できない不備があった。そのため、書籍としても出版することにした。
 挿絵はすべて私が描いた。今までこのようなイラストは描いたことがなく、一年足らずのにわか仕事で、忸怩たるものがあるが、イメージ作りの一助にもなれば幸いである。

ひとつ大きな計算違いは、これでこのシリーズはしめくくって、専門分野の研究に少しずつ方向転換しようと思っていたのに、続編が次々書けて、その勢いが今もまったく止まらないことだ。どうやら「村に」はこのシリーズの総決算でもありながら、とめどなく未来に広がる序曲のような存在でもあったらしいのだ。

これをどうコントロールして、まっとうな研究生活に戻れるかが、現在最大の課題である。しかし、仮に今後何が起こり、さまざまなことがどれだけ中途半端に終わろうとも、この作品、もしくは作品群を残せただけで、私は人生の目的は果たしたと満足して死ぬだろう。あとは十三歳になる愛猫を最後までみとってやるというノルマがあるし、それに備えての体制づくりもあるが、そこはもう、人事をつくして天命を待つしかない。

「村に」は、第五部ではあるけれど、これだけ読んでも話はわかるし、楽しめる。また、電子書籍は内容は同じだが、紙本ではカットしたイラストが多数入っている。こちらは安いので、興味がある方は超下手な画集と思って見てほしい。
 「村に」以降の続編「山が」「空へ」「畑より」「町で」「丘なのに」「渚なら」は、「いたさかランド」の「岬のたき火」コーナーの「ミーハー精神」の項で連載している。

 2023年9月13日                    板坂耀子

 

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