「水の王子」通信(119)
「水の王子 山が」第十三回
【オオクニヌシの疑問】
ツクヨミは台によりかかって、面白そうにオオクニヌシを見た。
「つまりいつでもそうしてあんたは、村に住みつく旅人たちを観察し分析して、それなりの対応を考えてきていたんだな。そうやって村のすべてをそれとなく支配し管理していたわけだ」
「やっかいなことが起こらないように気を配っていただけさ」オオクニヌシは笑った。「私は怠け者だ。よくよくの危険がない限り、何を見抜いても放ったらかしていたよ」
「私のこともか」ツクヨミは眉を上げ、酒を注いだ。「タマヨリヒメもか、ということだが」
「あんたは害があるようには見えなかったよ。彼女は、ということだが。まあ、その点はだまされていたな。都でそうだったと同じように」
「スセリもハヤオもタマヨリヒメには気を許してたしな。ヒルコは何か感じていたようだが。それで」ツクヨミはわずかに身体をのり出した。「君は今、私のことを信じているのか? そんな迷いをぶっちゃけるほどに?」
「わからんよ」オオクニヌシは苦く笑った。「スセリと話せるといいんだが、何しろ、ことがことだしな。さっき言ったような事情もあるし」
「たしかにいろいろ入り組んだ話だ」
「こちらも君に聞きたいが、君は以前と同じなのか? それともウズメの鏡の光が少しは何かを変えたのか?」
「そんなこと、おれにもわからん」ツクヨミは舌打ちした。「だがどっちにしろ、おれはそんなことで行きづまらんし、悩まんよ。イワナガヒメはいい相棒だ。どっちも相手を愛してるてわけじゃないが、その分気楽で気分がいい」
「タカヒコネがそのくらい割りきってくれるといいんだが」オオクニヌシは口をすぼめて息を吐いた。「今のままでは彼がどうなるのか予想がつかない。それが不安だ」
「キノマタのようにか?」
「どう言われてもしかたがないが、私はどこかあれのことはわかっていたし、たかをくくってもいた。せいぜいが私を殺し、村をほろぼしても、その程度のことしかできまいと思っていたよ。だがタカヒコネはそれとはちがう。彼が何に苦しんで何と戦っているのか、私にはさっぱり見えない。その闇が彼を支配したとき、どの程度彼が危険なのか、まったくもって見通しがたたない」
朝日が血のように窓から流れこんでいた。料理場の方でイワナガヒメが仕事をしているのか、がたごとと物音がしている。ツクヨミはちらとそちらに目をやった。
「どうするつもりだ?」
「何が?」
「君はもう何をするかを、あらかた決めているのだろう?」
「君に教えてほしかったのは」オオクニヌシはツクヨミの青白い横顔に目を注いだ。「マガツミについて聞かせてほしかったからだ。スサノオと都の三人の女は、いくつかのマガツミを合体させてタカヒコネを生み出した。そんな人間を君は他に知っているか? そういう風にして作られたとき、もととなったマガツミは、一人の人間の中でどのようにとけあうのだろう?」