「水の王子」通信(120)
「水の王子 山が」第十四回
【ツクヨミの見解】
「あいにくで悪いが、さっぱりわからんとしか答えようがない」ツクヨミは首をふった。「おれもイザナミも、マガツミは皆、ぬるぬるした、ただのごみとしか考えてなかったし、そういうものとしてしか扱わなかった。あれらを合体させて人間を作るなんてスサノオも三人の女もまともじゃないとしか思えん。…笑うなよ」ツクヨミは首をすくめた。「おれが言っちゃおかしいのはわかるがな。そんなことができると思ったり、実際にやっちまう精神なんて狂ってるとしか言いようがない」
「だが、マガツミの一つ一つはもともと人間だったのだろう?」オオクニヌシはくい下がった。「この世の役に立たないからと地下に投げ落とされたなら、その中には、たとえば支配者に反抗した者とか、人のために犠牲になった者とか、そういう強さや正しさを持っていた者もいたのではないか?」
「いたかもしれんが、マガツミになったら彼らは皆同じに見えたぞ。どれもぬるぬるぶよぶよすき通って…」
「それは聞いた」オオクニヌシはさえぎった。「君の目にそう見えていただけかもしれんとは考えないのか? 現にタカヒコネのような人間が出来ている」
「彼は本当にマガツミから出来ているのか? そもそも、それも怪しいぞ」
オオクニヌシは片手を上げた。「マガツミたちを数しれず扱って実験をくり返したヌナカワヒメもおそらくそうだと言っているし、スクナビコの意見も同じだ。彼はたしかに人間だが、それでいて人間ではない。回復力も忍耐力も、どこか非常にマガツミに近い。そして心はどうかと言うと…さっきも言った通りだよ。どうにもはっきりつかめない。彼自身がどうやらそれで苦しんでいる。自分の姿が見つけられないのだ」
「おれなら、三人の女に聞くな。どんなマガツミを使ったのか、どんな風に合体させたのか」しばしの沈黙があって、ツクヨミはふり向き、オオクニヌシを見つめた。「そうか。そうするつもりなのか」
「あまりいい方法とも思えぬが、どうもそれしか考えつけない」
「都に行くのか?」
オオクニヌシはうなずいた。「愚かなことと思うだろうな」
「そうでもない」ツクヨミは肩をすくめ、しばらく考えこんでいた。「一人で行くのか?」
「そのつもりだが」
ツクヨミはうなずいた。「いつ出発だ?」
「決めていないが、一両日中には」
ツクヨミはまた考えこんでいた。やがて彼は口を開いた。「おれもいっしょに行くと言ったら?」
※
「これはまた」オオクニヌシは、いずまいを正した。「どうした風の吹き回しだ?」
「久しぶりに旅に出たくなった」ツクヨミは白い歯を見せて笑った。「都がどうなっているかも見たい」
「来てくれると助かるよ」オオクニヌシはあっさり言った。
「本当か?」ツクヨミは皮肉っぽく笑う。「私が何かたくらんでいるとは思わないんだ?」
「仮にそうだとしても」オオクニヌシは笑った。「どうせ私には見ぬけないだろうから、そこはもう成り行きにまかせるしかない」
ツクヨミは笑い返して身を起こし、調理場の方に向かって「おおい!」と呼んだ。もっさりと出て来たイワナガヒメに彼は、「数日留守にするぞ」と告げた。「店はその間たたんでいていい。コノハナサクヤのとこにでも行って遊んで来い」
「あそこに行ったってホスセリのお守りを押しつけられて、サクヤとニニギのべたつきぶりを見せられるだけよ」イワナガヒメは言い返した。「店は開けるわ。あなたの作るぐらいの料理、私だって作れますとも」
「味が落ちたっつって、客を減らすなよ」
「まあ見てなさい。増えたりしてね」
これだからな、と言うようにツクヨミは首をふり、オオクニヌシは声を上げて笑った。