「水の王子」通信(149)
「水の王子 山が」余談 第一話「最高の友人」(2)
【オオクニヌシの独白】
コトシロヌシから全部聞いたよ、と私が告げたとき、タカヒコネは、がっかりしたような、少し怒った顔になった。スセリとスクナビコにも私から話したよ、とつけ加えると、あからさまにため息をついて、はっきり不満そうな顔をした。
「だって、この前のような騒ぎはもうたくさんだからな」私は言った。「少なくとも、ここ当分は」
彼は黙っていた。
「怒ってるのかね?」
「自分にです」彼はしぶしぶ口にした。「おれが自分で全部言わなきゃならなかったことなんです」
「気にするな」私は言った。「誰からであれ、私は聞いて、うれしかったよ」
彼がやっぱり釈然としない表情なので、私はなぐさめてやった。「その気があるなら、まだいくらでも、あらためて君の口から話してくれたっていいのだから。何度でも私は聞きたい」
あなたのことがわからない、と言いたげに彼は私をじっと見た。それからやっぱりそのままにはしておけなかったらしく、「あなたの方で、聞いておきたいことはないんですか?」と、ちょっと切口上で言ってきた。「そうしたらおれ、そのことから話します」
※
私たちは湖の岸辺にいた。少しはなれた岩の上で水鳥たちが遊んでいた。「そうだなあ」と私は言った。「そんなら聞くが、ちょっと不思議に思ったんだが」
「ええ。何ですか?」
「感心したと言った方がいいかな」私は草の上に座り、彼にも座るように手招きした。「殺したのが息子だとわかったとき、その、君のいうところのろくでもない男の前で、よくも平気でかくしとおせたな。鋭い、賢い男だったんだろう?」
「そうですね」彼はつぶやいた。しばらくそのまま黙っていた。
「知っといた方がいいと思うから言っとくんだが」私は言った。「君は自分で思っているほど、心の動きをかくすのが上手じゃないぞ」
彼は、どこかいたずらっぽい目で私を見返した。「あなたには、他の人のようじゃないからです」
「ツクヨミにだって見ぬかれたろ?」
「お二人は別格ですよ」彼はちょっと口をとがらせた。「他の皆はそうじゃない」
「その男にも通用したのか。君の、そしらぬ驚きぶりは」
「通用しましたね。彼に私は見ぬけなかった。当惑して、とまどって、どうしていいかわからずにいるのが、よくわかりました。そして彼がどう対応していいかわからないでいる内に、こっちが次の手を打てた」
「何を彼はそんなに当惑して、とまどったんだ?」
「おれが度を失うとか、青天の霹靂で顔色を変えるとか、きっと何かそういうことを、あいつは予想していたんでしょう。無理もないけど」
「君はそうしなかったのか?」
タカヒコネの顔が曇って、声がかすかにふるえたようだった。
「ええ。おれ多分、笑いましたから」
「笑った?」
「おれ、幸福でしたから」しぼり出すように彼は言った。
※
このごろ次第にわかってきたのだが、彼はときどきこっちに理解できないような変なことを口走る。別に奇をてらっているわけではなく、嘘をつきなれているからか、正直になろうとすると、相手のことを忘れてしまって、とにかく正確に本当のことを言おうと集中してしまったあげく、そうなるのらしい。
「どうしてだね?」と私は聞いてみた。
彼は考えこんで答えなかった。
「自分が殺したのが、その男ではなく息子だと知って、君は幸福だったのか?」
こくりこくりと彼は小さくうなずいた。
「そりゃまあ、相手は驚いたろう」私は笑った。
「あいつには、おれの気持ちなんて、絶対わからなかったはずです」
「うむ」私にだってわからなかったが、とりあえずうなずいた。
タカヒコネは深く肩で息をつき、湖の方に目をやった。
「ずっと…ずっとスサノオと三人の女との間で、あの集団をどうするか話し続けていたんです」彼は言った。「かれこれ一年、いえ、それ以上。おれは次第にもう何が何だかわからなくなって―何が正しいのか、何が都にとっていいのか。その一方でタケミナカタたちとも話し合って話し合って、もう、疲れきってしまって」
「それで、あの男を殺そうと決めた」
「おれはスサノオたちを説得できなかった。どうしてもだめだった。命令されて、その中で自分にできることを考えたら、もうあれしかなかったんです。そのときはそう思えたんですよ。何日も寝てなかったし、もうどうしていいのかわからなくて、あれが一番いいことだと」
「そして、実行したんだな?」
「人を殺したのは、あのときが初めてでした。夢の中のように家に帰って、血で汚れた手を洗って、寝床で自分のしてきたことと、明日することを考えました。タケミナカタに自分のしたことを説明して、今後の計画を二人で立てて…その時におれは初めて、はっきりわかったんです」
「何を?」
「タケミナカタは決しておれのしたことを認めないだろうって。賛成も、協力もしないだろうし、おれのしたことを、決して許さないだろうって。そのとき、初めて、そのことに、おれは気がついたんです…」