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「水の王子」通信(151)

「水の王子  山が」余談 第一話「最高の友人」(4)

【オオクニヌシの独白】(続き)

「おれはいつだって、いつもこうして」長いことたってから、彼はやっと、小声で言った。「いつも一番ひどいことをした人に救われてしまう」
 「そうなのか?」
 「何よりも大切なものを奪った相手から、何よりもほしかった、必要なものを与えられてしまう」
 「いいじゃないか」
 「よくないですよ」声はますます小さくなった。「でも、どうしていいのかわからない」
 「彼が…息子が君を許すにちがいないと聞いたことが、そんなに君にとって救いだったのなら」私はゆっくり言った。「私こそ、君にわびなければな」
 タカヒコネは目を上げた。「…何で?」
 「息子は君に甘えてたんだよ。君をしばって、支配していた。苦しめて、いじめていたんだ。もちろん、そんなつもりはなかったんだろうが、君にとっては同じことだからな」
 タカヒコネはかすかに口を開けた。「そんなこと、おれは思ったこともありません」
 「いなくなったとわかったとき、天にも昇るほど幸福だったのに?」私はからかい、急いで続けた。「いいんだよ。そう感じたのは当然だ。息子は君に迷惑をかけ、世話になっていたんだよ。礼を言うのは私の方だ。その上、私の愚かさから、君をそんな身体にしてしまったんだぞ。親子で君を傷つけて苦しめ、未来を奪った。許しを願うのは私の方だ。真剣に言っているんだぞ。君を幸せにするためなんかじゃない」
 何か言おうとしかけて、タカヒコネはきっとふりむいた。私も同時に草むらの向こうから聞こえたかすかな物音に、身構えて目をこらした。
 だがタカヒコネはすぐ身体の緊張を解いた。「こいつ、狩りは失格だな」彼は水鳥たちが次々に飛び立つのを見ながらつぶやき、私もそのとき、草の間から、ふさふさのしっぽがゆれて、とがった顔をのぞかせたイナヒを見て、笑いをかみ殺した。
 イナヒは鳥を見送っていたが、すぐにまた向きを変えて草の中に消えて行った。
 「あいつまたでかくなってませんか?」タカヒコネが聞く。
 「冬が近いから、毛がのびて来てるんだろう」私は立ち上がった。「そうか、スセリに、あいつのえさの魚を煮てやると言っていたのを忘れていた。そろそろ帰ろう。夕食のしたくもある」
 手をさしのべたが、彼は私の手をつかんだものの、ほとんど私にすがらず自力で立ち上がった。少しずつだが身体は回復しているようだった。
 肩を並べて家の方に戻りながら、彼が聞いた。「またいつか、こういうことを話してもいいですか?」
 「もちろんだ」私は即座にうけあった。「楽しいよ」
     ※
 実際には彼はそれから一度しか、私にそういうことを話さなかった。そして、その時にはもう慣れてきていたのか、前よりずっと落ち着いて話した。
 私たちは冬の間のたきぎ用の木を短く切って、まとめてしばって、家の裏に積んでいた。まだ木があまり育ってないので、小枝が多く、軽くて作業は楽だった。
 どうしてこの村に来る気になったのだと私が尋ねると、彼は少し考えて、よくわからないけれど、もしかしたら、あなたにいなくなってほしかったのかもしれないと言った。何でも草原で、長いこと家においてくれた母子や、盗みの技を教えてくれた盗賊の頭や、その他いろいろ、親切にしてくれた人がいて、ひきつけられて心を許しそうになると、思わず殺してしまっていたのだそうだ。スクナビコもそうだったらしい。追われているのを救ってくれて、傷の手当もしてくれて、いくつか技や知識も教えてくれもしたのだが、その魅力が恐くなって、やりきれなくなって殺してしまったらしい。そうこうする内、タケミナカタがよく話していた私のことを思い出し、気になってしかたがなくなり、いなくなってしまえばいいと思うようになったのだそうだ。つまり私を殺そうとしたのかと聞くと、そうはっきりと思ったわけでもないけれどと、ことばを濁した。なぜやめたのかと聞くと、あなたたはそんなに存在感なくて、どこがいいのかよくわからなかったからと答えて、私を笑わせた。
 でも、何かのはずみにまた自分が人を殺してしまいそうで心配なんですと彼は言った。どういう時にそうなるのか、自分でもわからないし、その気になったらその能力もあるから、時々とても恐くなるのだそうだ。
 私は思わず言ってしまった。私に大した力はないし、約束もできないが、それでも、全力をあげて努力するよ。君が生きている限り、二度と人を殺させはしない。
     ※
 彼は聞こえないふりをすることに決めたようで、何の返事もしないでたき木をまとめていた。ただそれ以後、明らかに彼は私に心を許し、どこか甘えるようになったのがわかった。そのあけっぱなしの人なつこさは、明らかにタケミナカタに似ていたが、少し不器用で、もっと荒削りで素直でもあって、野生の狼が飼いならされたような、ひたむきな感じがした。
 酔っぱらうと、ときどき私のひざの上に頭をのせて眠ることもあった。イナヒも私のひざが好きなので、後から来て彼がいるのを見ると、不愉快そうに鼻にしわを寄せながら、くっついて寝て、しっぽで彼の顔をはたいたりしていた。
 「何ちゅうやつらじゃ」スクナビコはそれを見てはバカにし、スセリは笑いをこらえながら、「もう少しイナヒが大きくなったら、どうなるのかしら」と心配していた。

最高の友人 完 2023.3.2.

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カツジ猫