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「水の王子」通信(185)

「水の王子  空へ」おまけ(2)

【お師匠さまと力石】

 おれの名前はヤタ。おっしょさんの名はタヂカラオ。この世で一番の力持ち。皆が知ってる。
 おれは村の誰より強かった。だからまだちっさい時に、おふくろとおやじが、この町におれをつれて来て、おっしょさんに弟子入りさせた。
 おっしょさんは、もういい年だ。おれの死んだじっつぁまよりも年よりだ。でも見たとこはおやじよりずっと若い。髪はふっさふさで、突っ立ってるし、肌はぴかぴか光ってはちきれそうな肉がもりあがってる。
 この町はおっしょさんの町だ。小さいけど、栄えてる。あっちこっちから力じまんの男や女が、身体をきたえに来ちゃうんだ。その反対に、ひよわなやつや死にそうなやつもやってくる。ちっと寒いけど空気はいいし、薬はあるし、力じまんの男や女の対抗試合が広場であって、やんややんやの大盛り上がりのあとは、見物席で何人かがくたばって死んでやがんの。応援の旗にぎったまま、にっかり笑って。
 おっしょさんは毎日熱心に身体をきたえたり、おれたちを訓練したりするけど、人前に出るのは苦手で、めったに口もきかない。いろんな仕事は、黒い着物を着た家来たちが代わってやってる。よその町との話し合いとか、きめごとを皆に守らせるのとか。おれはまだちっさいから、そういう手伝いはできないけど、見どころのある弟子だから、同じような黒い服を着せてもらって、あちこち走り回ってる。小ガラスみたいだって笑われるけど気にしない。
 おっしょさんは、ごちゃごちゃ散らかった大きな家に一人で住んでる。裏庭には力試しの石がごろごろ転がってる。おれにはまだ一つも持ち上げられない。おっしょさんは軽々とそれを持ち上げて移動させる。そんなことができるのは、他に一人もいない。
 でもその中にひとつ、ちょっと小さめの石があって、おっしょさんの力試しには軽すぎると思うんだけど、いっぺん誰かがそれを自分に下さいと言ったら、おっしょさんはええよと言って、あっさりゆずったけど、何日もしない内に、また同じぐらいの大きさの石をどこからか持ってきて、元のとおりにおいていた。
 何でそんなことするのか、おれにはわからない。誰も知らないし、気にしてないし、おっしょさんは恥ずかしがりで自分のことは何も言わないから、聞いたってきっとだめだ。
 おれはときどき、その石をさわってみる。おれよりは重いけど、若い男の人や女なら、同じぐらいの重さかもしれない。もう少ししたらひょっとして、おれにも持ち上げられるかな。もしかして、そのためにおいててくれてるのかな、と、ちょっとわくわくしたりする。

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カツジ猫