「水の王子」通信(187)
「水の王子 畑より」第一回
【ぼくと、とうさんと、かあさんと、いもうと】
ずっとまえから、父さんと母さんは、ナカツクニの村に行きたがってた。そこの畑がひろくて、りっぱで、めずらしいやさいがいっぱいあるから、ひと目見て、よければ、たねや、なえをもらってきたいと言っていた。ぼくたちのいっかは、そうげんの小さい林のなかにいえがあって、いもうとと、ぼくと、みんなでよにんぐらしだった。
ときどき、たちよる、たびびとのはなしでは、ナカツクニは、いろんな人がすんでいて、タカマガハラとも、ヨモツクニともつきあいがあって、ふねでりょうにでたり、はたけでさくもつをつくったり、そうげんでかりをしたりして、せいかつはゆたからしかった。わかものたちは、まいにち、くんれんをして、たたかっても、つよいらしかった。
なつのはじめの、はれた日に、父さんと母さんは、ぼくといもうとをつれて、うまにくるまをひかせて、しゅっぱつした。むかしとちがって、いまはいくさも、このちかくではないからあんしんだと、父さんは言った。
※
ほこりのあがる道が、海にそうようにまがっていって、長くつき出した岬がみえてきたのは、もうおひる近かった。「あのむこうだ。もうすぐだ」と、父さんはほっとしたように言った。
岬の、ねっこのところをすぎると、ほそいきれいな木の間に、いろんなかたちの小さい家がたくさんたっていた。はまべには、小さいふねがいくつもとまっていて、そのてまえにひろい畑があった。きれいなうねが、ずっと並んで、いろんなやさいが、うわっていた。たくさんの人が草をとったり何かうえたりして、はたらいていた。あついから、みんな、ぼうしをかぶったり、布をあたまにまいてたりしていた。父さんがあいさつすると、みなもあいさつして、まとめ役らしい女の人を呼んできた。
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その人はわりと小さくて、ぼくとあまり、せのたかさがかわらなかった。みじかいあしで、元気よく、うねをとびこえてやってきた。まっ赤な上着にきいろい衣で、すごくはでな感じがした。「いらっしゃい。ハニヤスから話はきいてるわ」と、とても大きなこえで言った。「たねや、なえを、わけてほしいんだって?」
「かわりに、うちでつくっている、くだものをさしあげます」父さんは言った。「たべたあと、たねをまいておけば、またそだちます」
「それはそれは。じゃ見せてもらおうか」女の人は、あぜみちにこしをおろして、父さんたちにもすわるように言い、まわりのひとに、おちゃをもってこさせた。ぼくといもうとにも、あまい木の実をくれた。
「ハニヤス、こんなくだもの見たことある? めずらしいね」女の人は大きな声で言った。
太った、元気そうな女の人が来て、小さい女の人のてもとをのぞきこんで、「はい、ウズメさま」と言った。「これは、見たことがありません」
「どんなやさいがほしいのか、見てまわってもらってよ」小さい女の人はてきぱき言って、若い男の人たちに、父さんたちをあんないさせた。
父さんと母さんは「おお」とか「まあ」とか、むちゅうになって声をあげながら、男の人たちについてまわって、やさいを見ていた。
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はたけはどこまでも広がっていて、いろんなやさいがごろごろころがったり、長いはっぱを風にそよがせていたりした。ぼくと、いもうとは、しばらく父さんたちについてあるいていたけれど、みんなむちゅうでやさいのことばかり話していて、だんだん、ぼくたちのことをわすれて、ほったらかしていた。それでも、はたけのむこうに見える海は青くてきれいだったし、どこからかきこえる動物たちのなき声もめずらしかったから、ぼくもいもうとも、そんなにたいくつはしなかった。
そのうち、いもうとが、ぼくのそでをひっぱって、「兄ちゃん、あれ何だろ?」と言った。
そっちを見ると畑のむこうにのびている岬のはしっこに、大きな木がいっぽん立っていた。この村にはそんな大きな木は、ほかにはひとつもなかったから、すごく目についた。今までは背のたかい麦のかげになってわからなかったけど、移動したから見えたんだ。
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よく見たら、木にしちゃ何だかへんだった。上から下までずぼんと同じ太さだし、あっちこっちにあいた丸い穴も、きれいにまんまるすぎた。てっぺんの方には、もしゃもしゃ枝やらはっぱやらが生えていたが、それも何だかぼうしか、かさみたいに、上からかぶさってるようなんだ。
「へんな木だねえ」ぼくは言った。
「あたし、行ってみたい」いもうとが言った。「畑よりおもしろそうだもん」
父さんたちは、もうかなり、うねの向こうまで行ってしまっている。「そうだなあ」とぼくは言った。「父さんたち、まだしばらくかかりそうだよねえ」
「はしって行って、もどってこれるわ」いもうとはそう言った。「近いもん。そんなに時間はかからない」
「そうだな」ぼくはうなずいた。
【作者の説明】
ぬるっと、するっと、のんびりと、(笑)「水の王子」新シリーズがはじまります。
今回はすごく短くて、すぐ終わる予定です!
ナカツクニの村の日常をお楽しみ下さい。
なお、挿絵は今回も次回も、「村に」の付録につけていたもの。つまり、一応このお話も、そのころからの構想です。