「水の王子」通信(188)
「水の王子 畑より」第二回」
【まるで、おおきな、きのようだ】
畑のよこのほうから出ると、そこにはちゃんとふみかためられた道があって、岬の先まで行けるようになっていたから、ぼくたちは安心して、とことこあるき出した。
暑い日だからか、人通りはなかった。のどがかわいたから、小さい流れで、ぼくたちは水をのんだ。銀色のさかなが泳いでいて、水はつめたくて、おいしかった。
しばらく行くと、やぎや、うしや、こうまが入っているさくが、いくつもあった。いろんな鳥もあみをはった小屋のなかで、とんだり鳴いたりしてさわいでいた。
ぼくたちは、しばらくそこで、さくごしに、こやぎをなでたりして、あそんだ。それからまた、さきをすすむと、道のかたっぽは、がけがそびえていて、いくつか大きな岩穴があった。小さな木のいすがおいてあったり、せんたくものがほしてあったりして、だれか住んでいるみたいだった。せんたくものの中には、すごく派手な赤やみどりの衣があって、「これきっと、あの女の人のだね」とぼくたちは言いあった。
ほら穴のひとつからは、白いけむりがもくもく出ていて、何だかふしぎなにおいがしていた。穴のおくのほうから、笑い声や、ばしゃばしゃ水をはねかす音がしていて、「おふろに入ってるのじゃない?」といもうとがいった。「ほら、うちの近くの、熱いお湯がわいてる泉でも、こんなにおいがしてるじゃない?」
のぞいてみたかったけど、もうかなり時間がたってたから、ぼくたちは先をいそいだ。あのおかしな大きな木は、がけのかげになってみえなかったけど、しばらくするとまた岩のむこうに見えてきて、ほっとした。
だけどちっともちかづいた気がしない。こんなに歩いたのになあと思ったけど、もともとすごく大きかったから、近くにみえただけかもしれないと、ぼくたちは気がついた。
※
がけがおわると、そこはもう岬のはしっこだった。みじかい草の中に花がさいていて、あの大きな木はすぐ目の前にあった。
やっぱり、ものすごく大きかった。そして、ふつうの木なんかじゃなく、人がつくったたてものだってこともわかった。茶色っぽい石をつみあげているから、遠くから見たら木にみえたんだ。丸い穴と思ったのも、ちゃんと、わくやとびらのついた窓だった。てっぺんの枝やはっぱは回りのつるくさがのびて広がって、やねみたいにすっぽりたてものをおおっていたんだ。
恐いかんじはちっともしなくて、ほんものの木みたいに親しみやすそうだった。でも何となく、どうしていいかわからなくて、ぼくたちは前にたって黙って見上げていた。
そうしたら、うすあおい服を着た若い男の人がひとり、水をくみに来たのか、手おけをさげて入り口から出てきて、ぼくたちを見ると笑って「やあ」と言った。「灯台を見に来たの?」
※
「ここ、灯台なんですか?」ぼくは聞いた。
「そう、夜になると、いちばんうえの大きな窓にあかりがつくんだ。わたしたちが火をたくのさ」
「船がまよわないように?」
「そうだよ。よく知ってるね」
「父さんが教えてくれたんだ。今は畑でやさいを見てる」
「ホデリ、誰か来たのか?」たてものの中から声がして、もうひとりの男の人が、戸口に手をかけるようにして外をのぞいた。「あれ、坊やとお嬢ちゃん。えらいね、よく歩いて来たな」
「灯台をみるのは初めてかい?」最初の男の人が聞いた。「中に入ってみる?」
ぼくたちは熱心にうなずいた。
「ホオリ、案内してやれよ。おれは水をくんでくる」ホデリと呼ばれた最初の男の人はそう言って、手おけをさげて灯台のうしろの方に行った。
後から出てきたホオリという人は、にこっと笑ってぼくたちを手招きしたので、ぼくもいもうとも、とびこむように中にはいった。
※
入ったところは白く塗ったかべに、まいた縄や、いろんな道具が、いろいろならべてかけてあった。小さいまどが、あちこちにあって、その前にせまいたなのようなほそながい机がかべにくっついていて、いくつかいすがおいてあった。曲がった階段が、上のほうにのびていた。なにもかも、まだあたらしくて、ぴかぴかして、よく、みがかれて、つやつやしていた。にもつをひっぱりあげるのか、おおきな、えんとつのようなあなが、ずっとうえまで開いていて、かごやにもつをまきあげるらしい太いなわが、たれさがっていた。
「あの人はホデリ、私はホオリ」あたりをみまわしているぼくたちに、男の人は明るい声で自分の胸と外の方を、指でさしながら教えた。「君たちは?」
ぼくといもうとが返事をしようとしたときに、階段の上のほうから、たのしそうなこどもの笑い声が聞こえてきて、ぼくたちは上を見上げた。
「おきゃくさんですか?」いもうとが母さんのまねをして、大人ぶった言い方で聞いた。
「ああ、気にしなくていいの」ホオリは大きく手をふった。「古い友だちだよ。君たちと同じぐらいの子ども」
そのとき笑い声がもっと大きくなって、ぼくたちとおなじぐらいの男の子が二人、階段の手すりをひとりは腹ばいになり、ひとりは馬のりになって、もつれあうようにして、すべり下りて来た。
「もうっ!」ホオリがさけんだ。「そんなことしちゃだめだろう!?」
「気にしない気にしない」とんと床にとびおりたひとりが年下の子にするように、ホオリの背中をたたいた。もうひとりは長い髪をはねのけながら、くすくす笑っている。