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「水の王子」通信(79)

アメノワカヒコは日本神話では、とてもドラマ性が強い神です。タカマガハラからオオクニヌシの支配するナカツクニに行ってそのまま、オオクニヌシに心酔したのかタカマガハラに戻らず、呼び戻しに来たキギスを、アメノサグメの指示で射殺し、タカマガハラの指導者たちにより、同じその矢で殺される。神話を読んだら誰もがわりと印象に残りやすい神で、いろんな背景や事情を連想させる存在です。

よって、彼をちゃんと描いておかないと神話を知っている人には欲求不満が残るでしょう。それはわかっていたのですが、何となく話が印象的過ぎる分、下手したらベタになりそうで、あんまり神話に近づけないようにしたいと思っていました。

そうは言っても、この物語を書くにあたって、最終的にスタートしはじめる直前には、主人公は彼になるかもと漠然と思っていました。
タカマガハラは正義で理想の国ですが、それも私の物語の中では弱体化しているし、特にナカツクニの村では、さまざまな世界から来た人が入り乱れ、タカマガハラの力はほとんどありません。むしろ、ヨモツクニの勢力が浸透しているような気配すらあります。

そんな中、アメノワカヒコもまるでタカマガハラの精神を失ったように、楽しげで軽薄な若者として、村に溶け込み一体化しています。
でも実は彼は誰よりもタカマガハラに忠実であり強い意志を持っており、ちゃらんぽらんに見せていて、徹底的に戦士としてスパイとしての役割を忘れてはいません。ということに、私の話ではなっていました。

村に住む、もとタカマガハラの人々とも、彼は本心を決して明かさず自分の正体を見せません。村の人々すべてに愛され親しみながら、誰にも絶対に心を許さない。
その孤独のすごさ、迷いの深さ、それでもゆらがない精神と信念の強さ。その彼のひそかな戦いを、物語の中心にしようと思っていました。
それは、学生運動や政治活動で、新しい未来をめざしながら、今もそれを忘れているわけではないけれど、日々の現実や新しい価値観や世界観、人生観の中で、何か大切なものまで見失いそうになっている、私の現状の反映であり、自分への慰撫と模索でもありました。

でも結局、それはまったくちがったものになってしまって、ヒルコとハヤオをはじめとした村の人々の群像が、あまりにもダイナミックに自然に動き始めた中で、私の悩みも迷いも、楽しくその中に混ぜ込まれて、アメノワカヒコもその一部として、ただ風変わりで魅力的な現代風の若者として、村の生活を満喫していることになって行きました。

それでよかったと思います。とてもよかったと思っています。
しかし、そうやって出来上がった作品全体を見通したとき、私は、あれ、もしかしたらこのままでも、アメノワカヒコは最初の設定のように生きていることにしてもいいのかもしれないと気づきました。

それどころか、もっと複雑に。もっと繊細に。タカマガハラとナカツクニ、さらにはヨモツクニとのはざまで、あわいで、彼はやっぱり孤独に厳しく、しかも柔軟にしなやかに自分の生きる道を探していたのではないかと。この物語は、そうも読める要素を十分に残しているのではないかと。

ものすご~く手前味噌になりますが、私が自分のこの作品に満足し、高く評価しているのは(笑)そこですね。単純で素朴なようでいて、設定や筋のすべてが、それぞれの登場人物の壮大で深遠なドラマをいくらでも掘り下げられるような奥行きと幅を確保している。
 それが、これまで何度も数多く書いては消した下書きのすべてとは決定的にちがう点です。

ところで、どうでもいいことですが、彼がトヨタマヒメの本当の姿をどれだけ知っていたのかという疑問を抱く読者がいます。
どっちでもいいのですが、私は彼はしっかりすべてを知っていたのだと思っています(笑)。

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カツジ猫