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水の王子・「川も」17

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 「そう言えばさ、こういうこともあったっけ」娘はそんなヒルコをながめながら、気持ちよさそうに、また酒をすすった。「子どものころから時々ね。あたし女の友だちから、よく言われることがあるのよ。今でもどうかすると言われるわ。あんたが男ならよかったのに、って」
 娘はいつも、どこか透き通ったような、なよやかな衣を、なかばはだけるようにして身体にまつわらせていた。髪もていねいに結い上げながら、あちこちわざと乱して崩して、ほおや首すじに乱れかからせていた。近づくと甘いいい香りがし、身ごなしはすばやくて流れるようになめらかだった。だが、人をからかうようなまなざしにもほほえみにも、たしかにきりっと鋭く激しいきらめきがあって、彼女にそう言った女たちの気持ちもハヤオやヒルコには何となくわかった。
 二人がそう言うと娘は「へえ、そう」と目を見張った。「あたしには彼女たちが何言ってるんだか、ぜんっぜんわからなかった。うれしいとか、ちっとも思わなかったし、腹も立たなかったし、ただわからなかったなあ。結局は相手のことを、どうも思ってなかったからかもしれないけど」
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 「ふうん、じゃあ、好きだったら少しはうれしかった?」ハヤオは聞いてみた。
 「どうだろな」娘は考えてみているようだった。「わかんないけど、きっとすごく悲しかったし、苦しかったんじゃない? 何であたしは男じゃないの?って考えたりしてさ。そうか、だからよ、今わかったわ。そういうときにいつもどっかで、あたし、この人、賢い人じゃないなあって思ったんだよね。あたしのことを本当に好きじゃないんだって、それも何となくわかったんだよね。だって、もしあたしが、その相手のこと好きだったら、どんな気持ちになるかってことも、全然考えてないんだもの。わかってないんだもの。だって、そこ考えてたら、そんなこと言う? あたしは現に男じゃないのよ。そのあたしに、男だったらよかったって言ったって、しょうがないじゃない。男なら愛せるって、それって何よ。どういう意味よ。あたしが好きなら、愛してるんなら、女だってちっともかまわないんじゃない? あたしだったら、かまわないな」
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 「その女たち、愛した相手とは寝たかったんじゃないの? 君が女だとそれができないとか?」
 「何でよ? そこがわからない。寝たけりゃ寝ればいいじゃないの。あたしはちっとも気にしない。女のあたしとじゃそういうことするのがいやなら、そういうことしないで愛し合うかたちなんて、いくらだってある。いっしょに暮らしてもいいし、友だちとか仲間とか主従とか、夫婦でないつきあい方って、いくらでもできるでしょ。そんなこと、めざしても、ためしてもしようとしないで、あたしを愛せない条件をえらそうに言って、何もったいぶってんのよねえ。逃げる言い訳さがしてんの? あたしの気持ちをためしてんの? どっちにしても最低じゃんね。自分のことしか、まず考えないなんて」
 ハヤオたちが言われたことを考えてみていると、娘はじれったそうに、むき出しの白い肩をくねらせた。
 「あなたたちねえ、あたしがここの主人とどういうつきあい方してると思ってんの? 寝てると思ってる?」
 「ふつう、そう思うんじゃないか?」
 「そうね。そりゃそうだ。きっと誰もがそう思ってるわね」娘は言った。「寝てるかもしれない。だけど、そうではないかもしれない。あたしがここで何をしてるか、あの人にとって何なのか、本当のことなんて誰にわかる? あたしはあの人が好きよ。ここで気楽でぜいたくな暮らしをしてて、幸せよ。あの人だってあたしのことを見てるだけでもうれしいかもしれない。案外、仕事の上でたよりにしてるかもしれない。ぺたぺた触ったり、おしゃべりしたりするだけで満足してるかもしれない。要するに二人で幸せかもしれない。あたしが何を言いたいかわかる? そんな愛し方や暮らし方も、あたしにはできるってこと。あたしが女じゃなかったらなんて、くだらないこと言ってるひまに、あたしが女でもできる最高の愛し方を何で考えようともめざそうとも試そうとも工夫しようともしないのよ? それってただの臆病者で怠け者だわ。人に出す価値もない生煮えの料理を図々しくもさし出して、あたしがそれでどう出るか反応みようとしてるだけ。逃げ道作って、こっちに責任負わせようとしてるだけ。そういうのって、とことんクズよね。男でも、女でも」 
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 「君、ツマツとも、こういう話してたのか?」ハヤオは笑いながら聞いた。
 「しょっちゅうよ」娘は言った。「夫婦って何か、恋人って何か、人生に何を求めるか、なあんてね。相手に救われましたってしゃべりまくる女と同じぐらい、相手に捨てられましたそれで自分はだめになりましたってふれまわる女も最低だとか。子どもがほしいだけなら結婚しなくていいとか。夫がいるのに他の男を好きになったらどうするかとか。逆に夫が他の女を愛したらどうするかとか。恋はいくらでもしたいけど、暮らすのはずっと一人がいいとか。身体の交わりを楽しむんだったら、夫がいなくてもいくらでもいろんな相手とやりまくるとか」 
 「この村じゃわりとそういう生き方、どれもできそうだもんね」ヒルコがうなずいた。
 「ツマツもそう言ってたわ。この村はそういうことがわりとやれそうな村だって。多分どこに行ったって、こんなにそれがやれそうな村ってないのじゃないかって」

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カツジ猫