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2020年前期集中講義発表資料⑭

(発表資料が届いています。受講生の皆さんは見ておいて下さい。)

現代小説における「ぬれぎぬ」

 

本講義において、江戸文学を中心に、その中に見える「ぬれぎぬ」について学んできた。ただ、私がこのレポートで選んだ教材は、僅か5年前に書かれた小説である。村上春樹氏の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という、何とも長く難解な題の長編小説をご存じだろうか。この作品は、「ぬれぎぬ」をテーマに(村上氏がそう捉えたかは分からないが)書かれたものだと言える。ただ、講義で扱ったような「ぬれぎぬ」とは若干性質が異なるようにも感じた。どんな「ぬれぎぬ」なのか、私の簡単なあらすじではあるが、考えながら読んで(聞いて)いただきたい。

 

「多崎つくる」は高校時代、ボランティア活動がきっかけで同じクラスの4人(男2人、女2人)と親密なグループを築いていたが、あるとき他のメンバー全員から「顔を合わせたくないし、口もききたくない」と告げられる。その理由は後に分かることではあるが、「つくる」がそのグループの中の「シロ」という愛称の(メンバーにはそれぞれ愛称があった)女の子をレイプしたというものであった。ただ、「つくる」は現実には全くそのようなことはしておらず、ぬれぎぬを着せられた状況であった(予期せぬぬれぎぬ)。

その状態から何も変わらないまま15年以上が経過したが、「つくる」はガールフレンドの「沙羅」との出会いをきっかけにかつてのグループのメンバーと一人ずつ再会(そして恐らくは最後になる)を果たし、誤解を解いていく。そこで「つくる」は、グループのメンバーは「シロ」を護るために「つくる」の罪を疑問視しながらも、仕方なく「つくる」を切ってしまったこと、「シロ」はその後何者かに絞殺されてしまったことなどを知る。

 

作品自体はまだまだ続くのだが(「つくる」と「沙羅」の微妙な関係性など)、「ぬれぎぬ」に関するレポートなので、このあたりでやめておく。

 

さて、「つくる」は前述のように「予期せぬぬれぎぬ」を着せられ、結果的にはそれが解消されるのであるが、「つくる」自身にとっての解決とは言えないような印象を抱いた。というのも、「つくる」は自身に着せられている「ぬれぎぬ」の内容すら知らないままグループから追放され、15年以上の時を経て現実を知る。そして、現実でこそ「シロ」をレイプしてはいないが、夢の中では度々「シロ」と性交しており、「つくる」自身も「それは全くの作り話だ、自分には思い当たるところはないと断言」はできないと感じている。この点、講義で扱ったような「ぬれぎぬ」の流れとは異なるところではないだろうか。「つくる」は「ぬれぎぬ」を着せられた側でありながら、夢の中のことと現実に起こった(と「シロ」が語った)ことを別物ではないと感じており、ある意味では自ら「ぬれぎぬ」を着に行っているようにも捉えられる。(ある種「覚悟のぬれぎぬ」?)

また、「つくる」が「ぬれぎぬ」を着る契機ともなった「シロ」は既にこの世を去っており、「シロ」の心中は完全には誰にも理解しえないのであるから、完全に「ぬれぎぬ」を解消したとも言えない。

 

このように、謎の多い村上作品の中でも「ぬれぎぬ」が絡んでおり、解釈が難しい本作品であるが、私自身は「予期せぬぬれぎぬ」、「覚悟のぬれぎぬ」の両面を持ちつつ、それでいて「ぬれぎぬ」を着せられた本人が、疑惑が晴れたうえで自ら着るような場面もあることから、異質な「ぬれぎぬ」である、という何とも言えない結論を導く。

皆さんは、どう感じただろうか。このレポートだけでは作品についてほぼ分からなかっただろうから、是非ご一読いただきたいと思っている。

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カツジ猫