断捨離新世紀(24)シャワーキャップ
これは実は断捨離どころか、その逆を行く話である。
亡くなった叔母が遺してくれたホテルの会員権があるので、年に数回、車で三時間ほどかかる、大分の湯布院に行って、温泉と食べ歩きを満喫する。山の中のおしゃれな街で、放し飼いの猫たちも多い。
最近では外国人の観光客も増えた。アジアの人たちは見た目ではわからないから、にぎやかに話す声を聞いて、初めてそれとわかる。湯布院に行ったと言うと友人知人からよく、「外国人が多くて大変でしょう」「マナーを知らない人もよくいるし」とか言われる。
「いやー、それがですね、ホテルの露天風呂で注意書きもちゃんとあるのに、長い髪を平気でお湯につけている人とかよく見るけど、話すのを聞いたら、これがほぼ日本人なんですよ」と私はいつも笑い返す。
ホテルの部屋においてあるアメニティには、以前はシャワーキャップも入っていて、私は髪が短いので使わなかったが、ときどき持ち帰ったりしていた。でも最近はトイレットペーパーや石鹸も、使い切るまで交換しなかったり、チューブ状のものに変わって無駄の出ないようにしてあり、それはいいことだが、ついでにシャワーキャップもなくなった。
昔、晩年の祖父が胃の調子が悪かったのか、食事中にのどをつまらせて、トイレに行っては吐くことがよくあり、家族は皆げんなりしていた。幼い私は祖父がそうして喉をつまらせてげこげこむせ始めた時に、思わず水を飲んでしまうことがときどきあり、母と祖母は仏頂面で「あんたが水飲んでどうするのよ」「でも、こっちがそうしたくなるよね。あそこまでつまらせる前に、食べるのやめて水飲めばいいのに」と言いながら、トイレに行った祖父を冷たい目で見ていた。
それと似たことで、私だけではないと思うが、人がマナー違反みたいなことをしていて直接注意できないとき、思わずその人にしてほしいことを、こっちがしてしまう、という行動や心理というのは、あれはいったい何なんだろう。医学的には何か用語もありそうな気がするけど。
とにかく何度かそういう入湯客を目にし、最近では映画館でも浴場でも「お客さま同士のご注意はトラブルとなることもあるので」と禁止しているところもあるから、見ているしかないということが重なると、つい自分がシャワーキャップをかぶって入浴したくなった。もうホテルにはおいてないから、自分で買って、それもなるべく豪華で目立つのがいいなあと、つまらぬことを妄想している時、たまたま仕事の合間についのぞいたネットの通販ショップで、かわいいシャワーキャップがいくつもあって、しかもそこそこ安くて数点セットになっていたりもしたものだから、どれがいいかなと面白半分、買い物かごの画面に出したり入れたりしている内に、つい注文してしまった。
しかもうっかり、どれかを選んで他を削除するのを忘れたものだから、いくつもの異なるセットがすべて注文されてしまって、後でそのことに気づいたときはすでに遅く、ものすごい数になっていた。まあそれでも、もともとが安い上にセール品でもあって、大した価格にはならなかったのがせめてもだ。
ちょうど確定申告の書類づくりやなんかで舞い上がっていて、忘れていたら、どさっと巨大な小包が届いた。来たなと思って開いたら、それこそ花畑のような豪華な色彩があふれて、思わず笑ってしまった。もともと、誰かにあげるのにいいやと思って、勉強会のメンバーや、ご近所の人を思い浮かべていたのだが、見ている内に、こんな絶対買わないものを、これだけ目の前に集めてしまうと、何だか宝石でも集めたようでものすごく楽しくなり、このまま全部手元において、とっかえひっかえ使うのも、ばかばかしすぎて悪くないという気にだんだんなってしまった。普通ならまずできない体験というのは、一度はやってみたいものだ。

それにしても、問題は保管場所だ。どこかにつめこんでおいたのでは、つまらない。やはりこれは、全部一気にディスプレイして、毎日あきれて笑いながら、目を楽しませるというのがいい。
母の隠居所と思って母家の前に建てたワンルームのかわいい家も、いつか築十六年ほどになった。田舎の宮大工並みに腕のいい大工さんが、しっかり作ってくれた、見た目は一見平凡だが芸術作品のような立派な家だから、いまだにほとんど釘も打てない。ずらりと壁にかけようにも、フックをそんなに取り付けられない。ベッドの上に広げたキャップの花畑を見ながら数日頭を悩ませていた。
この家には陽当たりのいい廊下があって、その天井に物干し用に二本の棒を渡してある。しかし、あまりに重いものを常時かけると、棒がたわんで来るから、洋服も洗濯物も用心しいしいかけていて、いつもは空っぽだった。
シャワーキャップの一番の強みは、やたら軽いということだ。これならいくつかけても、いつもかけても、棒にはほとんど負担にならない。ならばと思って量販店でS字フックを、これも安いからたくさん買った。あまりごちゃごちゃしないようにと、そのあたりにつけていた、のれんや飾り物を皆とっぱらって、ひたすらシャワーキャップだけをひっかけてみた。
明らかに異様な風景ではあるが、お祭りか大売り出しのデコレーションか、熱帯魚の水槽か南国の鳥のケージか、お菓子のショーケースかって感じで、ちょっと漂う不気味さも、まあまあ私のイメージにかなう。何より使いにくかった廊下の棒が十二分に活用できたのが、私としては快挙に思える。


今度、温泉旅行に行くときは、この中からじっくりといくつか選んで、昼の帽子や洋服と同様、ファッションを決めて自己満足にひたるのも悪くないと、いまから少し楽しみにしている。(2026.3.22.)