「いいちこ」考
大学院時代の同級生から「わいわい日本語」という小冊子をいただいた。面白いので、ちらちら読んでいたら、焼酎の名前で有名な、大分方言「いいちこ」について、書いてあった。焼酎の販売元にも電話して、「いいちこ」とは「いいですよ」の意味と確認されたとのこと。
たしかにそうなんだけど、私の感覚では、これは大分に残っている古文法の「係り結び」の残存、変形の一種なんだよね、きっと。
実は大学時代に奥村三雄先生の国語学講義のレポートで、大分宇佐地方の方言についてまとめたことがある。どこかにとってあるのだが、見つからないので、うろ覚えのまま書いておくと、私の考えはこうだった。
宇佐地方には、古文で強調を示す「こそあれ」の語法が普通に残っている。「それはビールじゃない、ジュースですよ」と言うとき、「そらビールじゃねえ、ジュースでこそあれ」と、わりとはっきり使う。
それが簡略化して「ジュースでこされ」とか「ジュースでかれ」とか「ジュースでこ」とか言う場合も多い。
動詞でも同じだ。「私はそのように言ったのですよ」は「わしはそげえ言うたんでこそあれ(こされ、かれ、こ)」だ。
「いいちこ」だが、これは私は「いいちこそ言いよれ」が原型だと思う。「ち」は「って」で、「言いよる」は「言っている」。それが、「こそ+已然形」で「言いよれ」になる。「いいって言ってんだからさあ」という意味だ。
「そげえまでしてもろうていいんかえ。そげえサービスさせてからわりいなあ」
「気にしなんな。社長もいいちこそ言いよれ」
(そこまでしてもらっていいんですか。そんなにサービスさせたら悪いですねえ」
(気にしないで下さい。社長もいいと言ってるんですから)
という感じで使う。主語が自分になっても、「私がいいと言ってるんだから」という感じになる。
だから「いいちこ」は、語感としては、「気にしなさんな」「いいんだったら」というのが、本来しっくり来るニュアンスだ。まあそれだって、焼酎の名としては悪くないけど。
Wikipediaを見ても、これが係り結びの変型ってことはふれてないのだけど、誰も指摘してないのかしら。まちがいじゃないと思うんだけどなあ。
追加。同郷の人から「さっきも言ったけど、本当に良いんだよ」のニュアンスもある、との指摘。それだと、「いいちこそあれ」も原型としてありかな。
写真は宇佐の岩崎神社にある面。