「嘆きの天使」。
◇なんか、マレーネ・ディートリッヒの誕生日らしいので、先週の授業で配った資料?を紹介しておきます。これ、前にもここで書いたかもしれないけど、私のクリスマスの思い出で、授業のときに話す時間がないので、プリントにして配ったという、わけのわからん資料ですけど。
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前回の授業で、「文学は敗北とか失敗とか脱落とか、そういう事件や人物をむしろ主人公にするもの。赤穂浪士事件の初めての劇化『碁盤太平記』(近松)でも、その後の赤穂浪士ものの集大成『仮名手本忠臣蔵』でも、仇討の成功より、準備の過程での脱落者の方にスポットが当てられる」「でも最近の映画や文学では成功した話や人物の方がよくとりあげられてて、これはむしろ伝統じゃない(一時的かどうかは知らないけど異色。ひょっとしたら文学しかできないことを放棄しちゃってる自殺行為かもしれない。とまでは言わなかったけど)」と話したら、最後の感想で「たしかに、最近の映画はほとんどがハッピーエンドで、バッドエンドで思い浮かぶのは『縞模様のパジャマの少年』ぐらい」と書いてきた人がいた。あれも、主役の少年以上にある意味恐かったのは、姉ちゃんの変化だよね。まあそれはともかく、バッドエンドの映画と聞いて、私のすごいクリスマス体験を思い出した。しゃべりたいけど長くなって授業時間が減るので、プリントにして配ります。
多分大学院生のころ、ある寒いクリスマスの日、私は特に予定もなくて街をぶらついてて、せっかくだから、甘ったるいしょうもない恋愛映画でも見てやれと思って、中洲の大洋映画館だったと思うけど、そこにリバイバルでかかってたマレーネ・ディートリッヒの「嘆きの天使」を見た。有名な映画だけど中身は全然知らなかった。そしたら、これがすごかった。(以下すべてネタばれ)
ディートリッヒは大昔の妖艶で有名な大女優名女優です。ここでは酒場の歌姫に扮して網タイツかなんかはいて「私に近づくとけがをする。私は冷たい女」とか何とか色っぽく歌ってる。その街の高校生ぐらいの学生たちがこっそりそれを見に来て、それを取り締まろうと生徒指導の先生が来る。
高校と言っても、先生はむしろ大学の先生っぽく、まじめで堅物でがっしりずんぐり髪は薄い、ものすごく味気ない学問と教育だけの毎日を送ってる人。と言っても生徒は授業を聞かないし、学問に特に燃えてるのでもないし、下宿のおばさんは愛想がなくて、食事するへやの鳥かごの小鳥が死んでるのを先生が見つけて教えると、ぽいっとゴミ箱に放りこむような人。面白さも楽しさもない索漠とした人生。
それが生徒指導に行ったのをきっかけに、歌姫と先生は親しくなってしまう。彼女は自由で楽しくて明るくて、彼女の部屋に泊ると翌朝はかごの小鳥が楽し気にさえずっていて、もうモノクロ画面だけど、総天然色みたいに華やかな感じがする毎日に、先生はうっとりなって、もうその気持ちもすごくわかるのだけど、とうとう仕事もやめて、彼女の属する旅芸人たちみたいな一座に入ってしまう。
今どきの映画だったら、そこでいろいろありながらも先生と彼女は自由な暮らしを楽しんで行くんだろうけど、この映画はものすごく残酷で、先生が一座の厄介者になり、彼女も奔放な人だから先生にばかり愛を捧げるタイプじゃないし、どんどんうまく行かなくなったとき、その一座がまた先生がもといた街に行くことになって、先生はかつての同僚や生徒の見に来てる前で、ピエロの芸を披露しなくちゃならなくなり、ニワトリの真似をするよう座長に言われて拒絶してたら卵を頭で割られて、卵まみれになって、狂ったようにニワトリの声で鳴いて、そのまま劇場を飛び出してしまう。彼女は別に追っかけるでもなく、いつものように「私は冷たい女」とか客の前で歌ってる。
ここまでの描写や演出もたいがい情け容赦なくてすごいんですが、ラストがもう圧巻(笑)。何もかもなくした先生は暗い町をさまよい、かつての職場、ちっとも幸せでも楽しくもなく充実感もなかった学校に、またしのびこむ。そしてまったく楽しい思い出もなにもないはずの、いやなことばっかりだったはずの教室の教壇に立って、机にしがみついて、真っ暗い中一人で死ぬの。何で死んだかよくわからんけどひょっとして凍死かしらん。で、いきなり、もうラスト。昔はスタッフの名前なんか流れないから、あっという間にそこでおしまい。
すごかったよー。もともとクリスマスだし、観客もほとんどいなかった気がするけど、ボーゼンとして外に出たら、雪がちらちら降ってて、いろいろもう最高のクリスマスだと妙に笑えて来ました。ドイツ映画の恐ろしさと素晴らしさを思い知ったし、落ちるとこまで落ちた気分が逆にもう痛快でね。ある意味最高のクリスマスでした。
ちなみに、その卵ぶつける劇団の座長さん役の俳優さんって、太った憎めない感じの人なんですが、実は当時のドイツで有名な監督さんで、俳優もやってた人です。ユダヤ人だったけど、とても人気があったのでナチスも手を出せないんじゃないかと、脱出をためらっている内、結局収容所に送られて、そこに集められた著名な俳優、女優、その他の芸術家と、外国への宣伝用に、そこが最高に楽しい楽園だと言う嘘っぱちの映画を作らされる。最後は自分もガス室で殺される。「ナチス 偽りの楽園」っていう、そのてんまつをつづった記録映画があって、これがまた圧巻です。私のブログ「板坂耀子第三研究室」にながーい感想がありますから、つまみ読みして見て下さい。DVDも宗像のTUTAYAで借りられますから、クリスマスにでも、ぜひどうぞ(笑)。「嘆きの天使」もDVDにはなってるだろうから、どっかで探してみて下さい。(2017.12.22.)
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◇とこ