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「大学入試物語」より(26)

第四章(続き)

3 金不足、人不足

 この十年から二十年の間、大学は本当に忙しくなっているが、私の周りで見る限りというか、私の職場ではと言うか、そうなるのは単純すぎるぐらいあたりまえで、つまりこの間、大学に要求されることはものすごく増えて、仕事の種類も多岐にわたるようになって、それなのに資金と人材はまったく増えず、むしろ減らされているから当然である。
 地域と交流を深めろ、留学生を受け入れろ、学生サービスをふやせ、試験の回数をふやせ、公開講座をしろ、評価システムを作れ、パソコンを導入しろ、などなど要求ばかりが過大になって、それを保障するだけの金や人がまったく増えていない。ある部門が増えたとしたら、それはどこかを削って、そっちに回しているだけである。
 同じ(か、少なくなった)人数で増えた仕事に対応しようと思ったら、あたりまえだが一人が数人分の仕事をするしかない。それも単純に、たとえば農園で綿花を倍摘めとかいうんだったら(もうちょっとどうかした例えはないのか)、まだいいのだが、そもそも要求されている増加した仕事の種類がもっと多様で複雑で、もしかしたら、これもまた、仕事がどんなに増えたかを自他ともにあいまいにしてごまかす(意図があるとまでは言わないが)結果になっているのかもしれない。あくまで農園の綿花の例にこだわると、昨日まで一日十キロ摘んでいたのを三十キロ摘めと言われたら、誰でもそりゃ無理ですと言うだろうが、綿花を摘むために農園の道を整備して柵を作って犬を育てて用水路も掃除して入口に花壇も作って管理してとか言われたら、仕事がどれだけ増えたのかが、本人にも他人にもものすごく見えにくいし、対応も抗議もしにくい。

私の大学の場合、結局そうやって人も金も増えないままに増えた仕事を処理するために、あれこれ対応した結果の一つとして、組織やカリキュラムがものすごくややこしくなった。教員養成大学だったから、免許状取得のために必要な授業が多く、とりそこねる学生がいないようにするために、卒業できるだけの単位をそろえたら、それがそのまま必然的に教員免許も取得できるカリキュラムになっていたのだが、学生に多様な選択をさせるために教員免許を取らなくてもいい新しいコースを作るということになると、そうでないカリキュラムも必要になる。それを運営する新しい組織も必要になる。
当然そのために独自の体制が必要なのだが、金も人もなくてそれが無理だから教員はかなりの人員が両方のコースをかけもちし、相互乗り入れをしなくてはならない。これは学生にも不満を生むことが多いしそれを解消しようと努力したら、その分教職員の負担が増える。
幸か不幸か私は大学以外の職場につとめた経験がないから知らないが、たとえば電気製品の会社が子会社を立ち上げたり、新しい部門を作ろうとしたとき、そこの担当者の半数か下手したら全員が、それまでの会社や部門での仕事をかけもちし、テレビの製造とパソコンの販売と会社の宣伝をかねた劇場の運営とテレビ番組の制作を、一日のうちにごっちゃにやっているということがあり得るのだろうか。この二十年来私たちが大学でやっていた仕事というのは、まったくそういうことだった。おそらくどの大学でもそれぞれに、要求される新しい仕事への対応はこんなかたちでなされているはずである。

こんな対応が、具体的にどういう事態を生むか学生との関係もふくめて説明すると本が書けるほど長くなる。だから簡単なことだけ言うと、一人の教員がいくつもの組織に属し、一つの授業がいくつものカリキュラムの中でちがった名前で呼ばれたりする。その結果、ほぼ同じメンバーの会議でも「ええと、これはどの組織の会議だったっけ」とわからなくなることがよくあって、「え、これは○○学科の△△課程の講座会議じゃなくて、××コースの○△教室の会議だったんですね」と会議の最後になって何人かが気づくという怪談めいた状態になる。
さらにカリキュラムは、国際空港の発着便の管制塔もこれほどではあるまいという複雑怪奇さになり、各コース、各志望の学生が自分に必要な授業をどうやってとって単位をそろえたらいいのかが下手すると入試問題以上にややこしくてわからない。したがって昔はまったく不要だった「単位の取り方、時間割の作り方」を入学式後のオリエンテーションで一日か半日とってガイダンスしなくてはならなくなり、日常的にも学生の履修についての相談(授業の内容についてではない。事務的にどうやれば必要単位の基準をクリアできるかが、ややこしすぎてわからないのだ)やその年のカリキュラムの作成に、各講座の担当教員は膨大な時間と頭脳と手間とエネルギーを消耗する。
金不足や人不足はそうやって、本来ならしなくてもいい新しいしょうもない仕事を次々に生み出して更なる多忙化を再生産する。

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カツジ猫